第488話 真相と決意/ジャン

ブッダルガの表情が少し硬くなった。緊張が伝わってくる。話すと言ったがやはり少し躊躇しているようだ。しかし、一呼吸置いて気持ちを整えると、覚悟を決めたのかゆっくり話し始めた。


「お前の弟は、自由ルーディア党上層部の腐敗の証拠を掴もうと動いていた。知っている通り優秀な男だ。ちょっとしたミスを突いて、かなり際どい情報を入手した。しかし、その内容が悪かった」


「そこまでは知っている。その情報の公開を恐れて弟を暗殺したんだろ?」

「いや、確かに公開されたら不都合な内容だったが、もみ消す準備はできていたし、暗殺する判断まではしていなかった」

「それじゃなぜ! 弟は死んだんだ!」

「その情報だけでは腐敗を暴けないと悟ったお前の弟は、さらにその先を調べてしまったんだ。そこには決して触れてはいけない秘密があった」

「秘密だと……なんだそれは」

「結社ラフシャル最大のタブー……ラドル・ベガの正体についてだ」

「なっ……弟はラドル・ベガの正体を知ったのか!!」


ラドル・ベガは誰もが知る要人だが、その素性については謎とされていた。一説にはどこかの国の王族だと言われているが真相は不明だ。その正体に興味を持って調べようとした者は多くいるが、そのほとんどは行方がわからなくなったり、不慮の事故で命を落としている。


「お前の弟がラドル・ベガの正体を知ってしまったのは奇跡的な確率の偶然だったそうだが、凡人ではそこまでたどり着くこともなかっただろう。優秀であったからこその不幸な結果だ」

「ふざけるな!! 何が不幸だ! 何を知ろうがテメーらの勝手な都合で人を殺していいわけねえだろ!!」

俺の怒りを受けて、ブッダルガは押し黙った。そして意外な言葉を口にする。


「その通りだ。そんなことで人を殺して良い理由になるわけない。俺もそう思った。だが、何もできなかったんだ。結社に逆らい暗殺計画の中止に動いたが、虱を潰すように簡単に俺の意見など潰されてしまった。しまいには一族郎党の命が危うくなってしまった。だから……仕方なくお前の弟を見殺しにした……」


それはブッダルガが弟を助けようとしたという告白だった。普通なら命乞いの言い訳に聞こえるかもしれない。だが、俺はブッダルガと言う男を知っている。命乞いなどというものの為に、自らの非力の告白など決してしないということを……ならばこれは事実なんだろう。


「ブッダルガ一つ質問がある。どうしてお前はエリシア帝国と繋がろうとしたんだ。そんな強力な組織の一員であれば、いまさら他の力を頼る必要はないんじゃないか」

「ふっ……もううんざりだったんだよ。結社の束縛から抜け出し、新しい力を手に入れようとした。しかし、それももう終わりだ。エリシア帝国は俺を見限るだろう。二つの大きな力から見放された俺はもうこの大陸で生きてはいけない」


「そうか、ならばその命、貰ってもかまわないな」

「ふんっ、好きにしろ。もともとお前の工作で計画が失敗したとわかった時、死ぬ覚悟はできていた。いかようにも好きな殺し方をするがいい」


「誰が死んでいいと言った! お前の命は俺が預かる。お前は俺の指示で結社と戦う駒になるんだ。弟の仇を討つまでは死ぬことは許さん!」

「ジャン、お前は結社と本気で戦うつもりなのか!? やめておけ、お前まで命を落とすぞ!」


「ブッダルガ、俺とお前や弟との決定的な違いがわかるか?」

「能力の差とでもいいたいのか? 確かに俺より優秀なのは認めるが、それでも結社に対抗するには非力するぎる」

「わかってねえな、俺とお前の能力差なんて大差ない。違うのは、俺には大陸全土を敵に回しても助けてくれる信頼できる仲間がいるということだ」

「仲間だと……そんな他人を信じて巨大な組織と戦う決意をしたのか!?」

「仲間を他人だと言うお前にはわからないことかもしれないが、今の俺は誰が相手だろうと負ける気はしない」


「くっ……いいだろう。結社の犬として生きていくより、お前の駒になった方がマシかもしれん。どうせ将来の無くなった人生だ。ジャン、お前にくれてやる」


そう言うブッダルガの表情は、それほど暗い物ではなかった。

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