第422話 酒の席

「勇太、貴方に買って貰ったお酒、凄く美味しいですよ。ほら、一口どうですか」


清音がほっこりした笑顔でそうお酒を勧めてくる。


「いや、お酒は飲まないんだ」

この世界の成人は一般的に16歳からなので、倫理的には飲んでも問題ないのだが、あまり好きになれないんだよな……。


「そうですか……」

少し寂しそうにする。ほっこりした笑顔から悲しそうな表情に変化したギャップにチクリと胸が痛む。こんな顔されたら断り切れない。


「う~ん……やっぱり一口だけ貰おうかな」

そう言うと、清音の表情がぱっと明るくなる。そして色っぽく笑うと、小さいグラスにお酒を注いで俺に渡してきた。渡す時に、いつもしないような妖しい微笑みを見せる。


くいと一口飲んだところで清音がすぐに聞いてくる。

「ねえ、美味しい?」


よく見ると、いつもきっちりしている清音の着物が少し乱れている。妙に仕草に色気を感じるし、なんかドキドキしてきた。いつもと違った感じで密着してくるし、お酒を飲んだのが影響しているのか体が熱くなる。


「ちょっと清音、飲みすぎじゃないか!?」

恥ずかしくなり、慌ててそう注意する。


「それほど飲んでいませんよ。ほら、飲んだのはたった二本だけですから」

そう言って見せてきたお酒の瓶はかなり大きい。あの量を二本も飲んでいれば酔っぱらうのには十分だろう。


「いや、かなり飲んでるだろそれ……」

「それより、ほら、お酒は美味しかったですか?」


はっきり言って、清音の妙な色っぽさに意識がいっていたのでお酒の味など味わう余裕はなかった。そもそもどうしてそんなに俺の感想を聞きたがるのかわからないし、もう面倒くさいので適当に答える。


「美味しかったよ」

それを聞いた清音がにっこりと笑顔になり、こう言う。


「それではもう一口飲みましょう」

「え!?」

「どうしたんですか、美味しかったんですよね」

しまった。墓穴を掘ってしまった……。


「勇太、男に二言はありませんよ。美味しいと言ったのですからもう一口飲むのが筋というものです」


清音はそう言うと稽古の時のような覇気を纏い、妙な殺気すら発しながら俺にお酒を近づけてくる。完全に逃げ場もなく、やられると思った時、助け船が出された。


「おい、清音、その辺にしておけ。そんな飲ませ方して、酒が怖くなったらどうするんだ」


オヤジが片手に日本酒のような瓶を持って現れる。すでにかなりの量のアルコールを摂取しているのか、強烈に匂う。だけど、普段と変わらない様子で、完全な素面にさえ見えた。


「ですが、父上! 私は勇太にもお酒の美味しさを知ってもらいたく……──」

「だからってそんな強引に飲ませたら逆効果だ。じっくり、ゆっくりと教え込んでいけばいいだろ」


剣を教えるときは清音がじっくり丁寧に、オヤジはかなり強引に叩き込まれるのだが、事お酒に関しては対応が逆になるようだ。しかし、どちらにしろ俺はお酒を仕込まれることは決まっているようだ……。

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