第423話 いつの間にか

清音のお酒の誘いから逃れる為には、オヤジから離れるわけにはいかなくなった。なのでそのまま三人で剣術についての話題を肴に語っていたのだが、隅っこで飲み食いを遠慮している二人をオヤジが見つける。


「あいつらはどうしてあんな隅っこで大人しくしてるんだ? 飯も酒も進んでいないし、不健康だな」


それはエミッツとミルティーだった。エミッツの性格からするとこういう席が苦手なのだと思う。ミルティーはそんな元上官を気遣っているのか、同じようなテンションで一緒にいるようだ。


「おい、お前たち、そんな隅にいないでこっちこい」


オヤジがエミッツとミルティーに声をかける。二人はお互いの顔を見合わせ少し戸惑うが、剣聖にそう言われて拒否することもできず、恐る恐るこちらへやってきた。


「ほら、飲めるんだろ? まずは一杯だ」

そう言って渡された器にお酒を注がれる。少しの迷いの後、二人は一気にそれを飲み干した。かなり強いお酒のようで、く~っと表情が険しくなる。しかし、味は美味しかったようで険しい表情から驚きの顔に変化した。


「美味しい……これは穀物を蒸留したものですね。芳醇な香りに濃厚な味わい。地元にも蒸留酒はありますが、ここまで洗練されたものは中々口にすることはできません」

エミッツが飲んだ感想を言う。さらにミルティーもそれに同調した。

「そうですね、私もこんなに香り豊かなお酒を飲むのは初めてです。口当たりは強いのに後味はしつこくなく、良い香りだけ残って後を引きますね」


「ほう、二人ともいける口だな。ほら、どんどん飲んでいいぞ。酒は勇太がたっぷり買ってくれているからな」


確かにあれだけの量を二人で飲むはおかしいとは思ったけど、みんなと一緒に飲むことを想定していたようだ。剣聖にお酒を勧められた二人は場に慣れてきたのか、それではと二杯目を口にする。


二杯目を飲み終えると三杯目、四杯と止まらなくなる。そうなるってくると、普段は冷静沈着のエミッツも少しずつ酔いが回り、普段とは違う一面を見せ始める。


「勇太、私は時々怖くなることがあるんです」


いきなりそう言ってくる。お酒の力を借りたとはいえ、こうやって俺たちに馴染んでくれるのは嬉しい。どんな話かと詳しく聞いた。


「私は女を捨て、男として生きてきました。その為かわからないのですが……」

そこで言葉を詰まらせる。俺だけではなく、オヤジや清音、それにミルティーも、興味があったのか、いつの間にか話を聞く姿勢になっている。話すかどうか少し迷ったようだけど、やはり酒の力が後押ししてくれたのか続きを話し始めた。


「実は、妙にその……女性の方に魅力を感じる時があるのです……」

「えっ! エミッツさん、そんな……部下をそんな目で見ていたのですか!」


それを聞いて、ミルティーが反応する。言葉では軽蔑するように言っているが、表情はどこか嬉しそうだ。しかし、エミッツはそれを否定する。

「いや、ミルティーも美人とは思っているけど……今は清音殿に自分でも驚くほどの魅力を感じていて……どうも、その……好意を持ってしまったようで……」


清音は話の意味がわからないのかきょとんとしている。オヤジはエミッツのカミングアウトに少し驚いたようだけど、冷静に受け止めて豪快に笑い始めた。


「ハハハッ── そうかそうか、清音の魅力に気付くとは見る目のある奴だな。どうなんだ、清音、こんなこと言われたのは初めてだろ」


清音はいまだに何を言われたのか理解していないのか、呆然としていた。しかし、早急に考えをまとめたのか動揺しながらもこう返事をする。


「私は今は剣のことしか考えられないので……エミッツの気持ちは嬉しいのですが……」

その返事にエミッツも慌てて発言を訂正する。

「あっ、その好意と言ってもなにか見返りのあることを求めるものではなく……憧れと言いますか……気を悪くしたのなら失礼しました」

「いえ、全然悪い気はしていません。謝ることはありませんよ」


普通なら変な空気になりそうな展開だが、二人とも酔っているとはいっても、大人なので、その場はなごやかに収まった。


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