第348話 小さな交流
エミッツが少し控えめな感じで俺にこうお願いしてきた。
「職務中で大変恐縮なのですが、清音様に握手をお願いしたいのですがよろしいでしょうか」
「握手くらいいいんじゃないかな。ちょっと待って、清音に聞いてみるから」
清音は少し怪訝な表情になったが、握手に応じてくれた。しかし、エミッツが右手を出すと清音はそれを制止した。
「申し訳ありません。左手でよろしいですか?」
「あっ、失礼しました」
右手も左手も変わらないだろうに……そう思ったのだが、俺が不思議に思っているのに気が付いたのか、渚が清音の意図を説明してくれる。
「武道家は簡単に利き腕を相手に預けたりしないのよ。清音ほどの実力者ならそれくらいの配慮は普通でしょ」
へぇ~そんなものなのか。
エミッツと清音が握手すると、監視部隊の兵たちがザワザワとざわめく。エミッツが清音に礼をしてその場から離れると、何か言いながら兵たちはエミッツの下へと集まって来た。兵たちの言葉を聞いていると、自分だけずるいですとか、羨ましいとかの言葉が飛び交っている。
少し前まで戦っていた敵国の兵たちが、そんなふうに思うなんて変な感じだが、不快には思わなかった。
よし、ここは俺が一肌脱いでやろう。そう思い兵たちにこう声を掛けた。
「清音と握手したい奴は他にいるか? 今なら俺から頼んでやるぞ」
それを聞いた兵たちは、凄い勢いで俺の方へとやってきた。やってきたのはその場にいた兵のほとんど全員で、50人くらいいる。俺は兵たちを順番に並ばせると、清音に握手してくれるようにお願いした。
一人に応じて他を断ることもできないと思ったのか、清音は渋々とそれに応じた。さらに数人の兵が俺に近づいてきて小声でこうお願いしてくる。
「あの……あちらの人にも握手をお願いできたりしないでしょうか……」
あちらの人とは、渚のことのようだ。渚に握手を求めるとはマニアックな奴だな。まあ、清音に握手をさせて渚にさせないわけにはいかないので、それもOKした。
「私と握手なんてして何が楽しいのよ」
「俺もそう思うが、して欲しいと言ってるんだから応えてやれ」
「勇太にそう言われると、何故か無性に腹立つわね」
「いいから、ほら、待ってるだろ」
「もう~しょうがないな……」
渚も渋々と握手に応じる。ちょっとした握手会の会場みたいになった光景を、微笑ましく見ている俺にエミッツが近づいてくる。
「部下まですみません。リュベル王国軍の軍人は強い者に憧れを持っていますので、純粋にあの二人を尊敬したようです」
「それが敵国の人間でも関係ないんだ」
「我々、兵は戦う相手を自分で決めているわけではありません。敵対している国の人間だからという理由だけで、悪く思っている者はごく少数です」
「確かにそうだな……俺も相手が憎くて戦ってるわけじゃないし」
「自分は戦争という行為自体を憎んでいます。争いの無い平和な時代がくればいいと願っています」
「軍人らしからぬ言葉だな。そんな人間がどうして軍人になんてなったんだ?」
「家柄というものです。自分の家系は、代々リュベル王国軍に勤めていました。男兄弟がいなかったこともあり、幼いころから軍人としての英才教育を受けました」
「それは大変だな……自分の意思とは関係なく、進路を決められていたなんて」
「はい……自分は、家族に女性としての尊厳を奪われたのです」
エミッツはどこか寂しそうにそう言った。家族に女性を奪われたとは重い言葉だ。本当は彼女は女性を捨てるつもりなど無いのだとわかった。自分の立場や使命を考えて捨てたと思い込むしかなかったのだろう。
「どうも不思議な人ですね。普段はこんな話、あまりしないのですが……そうだ、お名前をきいていませんでした。よろしければ教えていただけますか」
「あっ、そういえばそうだ。俺は勇太」
「勇太殿ですね」
「勇太でいいよ。たぶん俺の方が年下だろうし」
そう言うとエミッツは微笑んで頷いた。その笑顔は彼女が捨てたはずの素敵な女性のものだった。軍人ではない女性としてのエミッツが見られて、なんだか嬉しくなる。
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