第251話 禁書

助けたアリス大修道院のライドホバーは、ちゃんとお礼が言いたいということで、ムサシへとやってきた。特に怪しいところもないので艦内に招き入れ、ライドホバーを格納庫へと誘導する。


ライドホバーからは一人の女性が降りてきてきた。迎えた俺たちに向かって丁重に挨拶してくる。


「この度は危ないところをお助け頂きありがとうございます。私はアリス大修道院のシスター・ミュージーです。アリス大修道院を代表してお礼申し上げます」

清音は、挨拶に対して軽く会釈をして応えると、こう話を切り出した。

「つかぬことをお伺いしますが、絶対中立対象のアリス大修道院の艦を武力行使しようとするなんて、相手は何者なのですか」

「あの軍はヴァルキア帝国の北部方面軍の部隊です」

「ヴァルキア帝国! まさかそんな……」


ヴァルキア帝国って確か、エモウに雇われていた時に話の出てきた国だよな。大陸三大強国の一国で、かなり大きい国だって聞いたけど……清音もその名を聞いて驚いているようだ。


「まさか、大陸三大強国の一国が、絶対中立対象の法を犯すなんて……差し支えなければその理由を教えて頂けますか」

「ヴァルキア帝国の狙いはアリス大修道院に保管されている禁書ラフシャル・ウェポンの奪取にあります」

ラフシャルってあのラフシャルのことかな……確かに大賢者って呼ばれていたくらいだから、ラフシャルの書いた本が残っていてもおかしくはないけど。


「禁書ラフシャル・ウェポンとは一体なんなのですか」

「大賢者ラフシャルが残した書物の一つと言われているものです」

「そんなものをどうしてヴァルキア帝国が欲しがるのか理解できませんが……」

「書物と言っても、その正体は強力な兵器の設計図なのです。ヴァルキア帝国は近年、仇敵、リュベル王国で開発された新型魔導機の脅威、アムリア連邦の設立、さらにエリシア帝国では得体の知れない新設部隊の登場など、大陸三大強国の一国として出遅れを感じているようで、軍事力の強化の一つとして目をつけたようです」


「リュベルの新型魔導機、エリシア帝国の新設部隊……そのような話初めて聞きましたが、どこからそのような情報を……」

「絶対中立対象などと言われていますが、武力の無いアリス大修道院がこれまで生き残ってこれたのは、その情報収集能力が高さからです。しかし、今回ばかりはそれも叶わないかも知れません」

シスター・ミュージーは悲しい表情でそう言った。


「どういう事情かお話ししていただけますか」

「はい。実はアリス大修道院の本院は現在、ヴァルキア帝国の北部方面軍に包囲されているのです」

「包囲?! ヴァルキア帝国はアリス大修道院を武力制圧する気ですか?」

「正確に言いますと、すでに武力制圧は始まっています。大規模な攻撃を受けて、陥落寸前です」

「それもおかしい話です。アリス大修道院には武力に対抗する手段がないのでは? 武力制圧が始まればすぐに陥落しそうなものですが……」

「実はヴァルキア帝国のダイラム伯爵様が、自分の国を裏切ってまで、アリス大修道院をお守りになってくださっているのです。元々、小高い山の頂にある本院は自然の要塞とも言えるほど守りやすい地形になっていますので、少数の兵力でもなんとか持ち堪えていることができているのです」

「アリス大修道院の現在の状況は理解しました。それであなたは本院の外で、どうして襲われるようなことになったのですか」

「幸いにも本院は大規模な三度の攻撃に耐えることができました。ヴァルキア帝国軍の被害も甚大で、司令官は作戦を変えてきました。本院を完全に包囲して兵糧攻めにしてきたのです。現在、本院の人たちは飢えに苦しんでいます。そこで私は食料を手に入れる為に、ライドホバーで包囲を突破して外へと脱出したのですが、その後は追ってきた部隊に捕捉され先ほどのような状況に……」


「なるほど。だとすると食料を手に入れて戻らないといけないんだな」

「はい。そこで先ほど拝見したお力を見込んでお願いなのですが、私が本院に戻る為にお力添えをお願いできないでしょうか……大変危険で無謀なお願いなのは重々承知しております! 大したお礼もできませんが、精一杯に尽くさせて頂きますのでお願いいたします!」


「どうする清音?」

俺の気持ちはすでに決まっていたが、清音はどう思っているのか確認した。


「私に聞く前からあなたはすでに決めているのでしょう」

「まあ、そうだけどな。一応確認しただけだ」

「私も勇太と同じです。絶対中立対象のアリス大修道院が武力侵攻されているのを見過ごすことはできませんから」

「そう言うことだ。シスター・ミュージー。あんたをアリス大修道院の本院とやらまで連れて行ってやる」


その言葉を聞いて、彼女は安心したのか嬉しかったのか、その場で泣き崩れた。

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