第234話 湯ノ時
少しも期待しなかったと言えば嘘になるが、男風呂に入ってきた清音は水着を着用していた。しかも水着の上にタオルを巻いている完全防御で抜かりがない。
「なんて格好で風呂に入ってきてるんだ。それじゃ罰にならないだろうが」
「そもそも、こんな重い罰を課せられるほどのことはしていません! これが私の最大の妥協点です!」
「フッ、色気も何もあったものじゃないな」
「娘に何を求めているのですか父上……」
「馬鹿、俺の為じゃない。勇太にサービスしてやる気持ちはないのかお前は」
「ありません!」
思いっきり否定されるとちょっと寂しいが、確かに俺にサービスする必要はない。
「それより、父上。私と勇太をこのような場所に誘ったのには意味があるのでしょう。長くなるとのぼせてしまいますし、早く話をしたらどうですか」
さすが親子だ。どうやら俺には全く気がつかなかったオヤジの意図を、清音は察していたようだ。貞操観念の強い清音が、男と一緒に風呂に入るのを了承した理由はそう言うことか……
「たくっ、お前は母さんと一緒で勘がいいよな。確かに大事な話をするのも目的ではある」
「オヤジ。その大事な話ってなんだよ」
オヤジは湯を顔にかけながら、フーと一息ついて話し始めた。
「スカルフィのことだ。昨日のあいつの目は何かを決断した決意の眼差しだった。俺に対する悪意が最大限に溜まってしまったんだろうな。もしかしたら何か企んでいるかもしれない」
「おいおい、オヤジ。それって凄くヤバくないか」
「スカルフィがどう言う行動に出るかは俺にもわからない。俺だけに何かするなら構わないのだが、清音や勇太にまで巻き込んできたら悪いと思ってな、こうして二人には話をしているんだ」
「父上。どうしてそんなになるまでスカルフィとの関係を放置していたのですか……」
「俺もなんとかしたいとは思った。だけどな、本当にどうしていいか分からなかったんだ。スカルフィが小さい頃から知っているが、俺の中ではまだまだ子供だった頃のアイツのままなんだよ。だから大人になって、妙に考え方が捻くれても変換して対応ができなくなっていた」
剣の達人で人生経験豊富そうなオヤジでもやはり人間だ。分からないこともあるし、失敗だってする。オヤジの凄いところはそれを隠そうとせず。真正面から向き合ってるところなんだろな。
「それでどうするつもりですか、スカルフィが何かする前に手を打たないと……」
「やはり一度腹を割って話をするしかないかもな。二人っきりで話す機会も最近はなかったからな。もしかしたらそれで前みたいな関係に戻れるかもしれない」
「だといいのですけど……」
「もし、俺とスカルフィが二人っきりで話をする機会になったら、お前たちは邪魔するんじゃないぞ。どうもアイツはお前たちに、いや、特に勇太にだが、妙な嫉妬心があるようだ。だからお前たちが現れると拗れる可能性があるからな」
「俺に嫉妬って、なんだよそれは」
「そこがアイツの捻くれている最大の要因だ。昔は弟子はアイツだけだったからな、師を取られたとでも思ってるのかもしれない」
本当に面倒臭い奴だな。自分にだけ目がいかなくなったからって癇癪起こしている子供じゃないか。
「それより、清音。お前はいつまでそんな風情のない物を身につけているつもりだ」
オヤジの言う、風情のない物とはタオルのことだろう。
「ここにいる間はずっとつけています」
「そうか、ならば俺も奥の手を出さなければいかないようだな」
「どういう手ですか……」
清音がそう言うと、こう言う手だと言わんばかりにオヤジは立ち上がった。もちろんオヤジは隠す気はないので、清音の目の前にはオヤジの見たくもないものが視界に入ってくる。
「きゃあ〜〜〜!!」
清音は悲鳴を上げて顔を隠す。
「隙あり!」
そう言ってオヤジは清音のタオルを剥ぎ取った。清音の水着姿があらわになる。想像以上にボリュームのある清音の胸の谷間が目に入り、俺の顔に熱が籠るのを感じた。
「ちっ、父上!!」
そう叫んで清音は顔を真っ赤にしながら近くに置いていた剣を引き抜いた。そして神速の剣でオヤジを容赦無く斬り付ける。
「そうだ! さっきの一撃に足りなかったのはその殺気だ!」
そう言うオヤジの額から血がドボドボ流れている。どうやら完全には避けきれなかったようだ。命がけで何を教えているのだ……
だけど、ふと気になる。血を流しながら豪快に笑っているオヤジはどこか無理しているようにも感じた。もしかしたらスカルフィの話で湿った空気を、オヤジなりに解したのかもしれない。
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