第233話 親子の剣

エリシア帝国との一戦は勝利したが、スカルフィ一門と清音一門との距離はさらに広がったように思える。オヤジはあまり気にしていないようだが、清音は剣豪団の完全な分裂を警戒していた。


「父上、もう少しスカルフィとコミュニケーションをとってはどうですか」


清音がそう声をかけても、オヤジは剣の手入れをしている手を止めない。


「父上!」


二度目の呼びかけに、面倒臭そうにオヤジは答えた。

「コミュニケーションだ? あいつももう子供じゃない。俺がとやかく言う必要もない。自分の判断で行動すればいい」

「それではスカルフィ一門が剣豪団を抜けてもいいと、父上は思っているのですか」

「それをあいつが望んでいるんならな。師と弟子だからといって、何も無理に一緒にいる必要はないだろう」

「しかし……」

納得のいかない清音に、オヤジは鋭い表情でこう言った。


「清音。ちょっと稽古をつけてやる。木剣を持ってこい」

「……わかりました」


親子であると同時にオヤジと清音は長い時間、師と弟子の関係だった。急な稽古の指示にも清音は違和感なく受け入れた。


「そうだ。勇太、お前も木剣を取れ」

見学だけのつもりでボーッと見ていたが、オヤジは不意にそう言ってきた。


「俺もか!」

「そうだ。今日は調子が良い感じがする。二人とも同時に稽古をつけてやる」

「ふんっ、後悔するなよオヤジ」


オヤジは稽古を始める前に、俺と清音に向かって語り始めた。


「師として弟子に言葉で教えれることは限られている。清音やスカルフィはもちろん、勇太にも教えれることはほとんど伝えたつもりだ。しかし、お前たちが俺から学ぶことが無くなったわけではない。物事には教えることのできないことの方が多い。それは学ぶにはどうすればいいのか考えるのもまた修行だ。もう、お前たちに俺ができることはただ自分の行動で示すことだけだ。俺を見て、考え、感じて学べ」


確かに言葉で教われることは限られている。師の背中を見て育ってと言いたいんだな。


「それでは学ばせていただきます」

真剣な表情で清音は言った。俺も頷いて木剣を構える。



調子がいいと言ったオヤジの言葉は嘘ではなかった。清音の神速の攻撃も俺の下手くそな剣撃も簡単に捌いていく。


「どうした。剣皇とはこの程度か、清音! 勇太! お前はその清音の足すら引っ張ってるぞ!」


やはり生身での剣技はまだまだだ。オヤジの言うとおり、清音の足を引っ張っているように感じる。


30分ほど稽古をしているが、いまだに一撃もオヤジに攻撃を当てることができていない。どうにか一発だけでも命中させたいのだけどその予兆すらなかった。清音の攻撃は惜しいのはあるのだが、やはり紙一重で避けられる。考えろ、なんとかオヤジに攻撃を当てる方法を……。


そうだ。ちょっとずるい感じがするけど、いい方法を思いついた。


「清音。俺がオヤジの動きを止めるからその隙を狙え!」

「できるものならやりなさい」


ではやってやろう。俺は木剣を思いっきりオヤジに向けて投げつけた。それは簡単に弾き飛ばされる。しかし、俺の狙いはその後にある。剣を投げた後に、すぐに低い体勢になり、そのままオヤジにタックルした。二発ほど木剣でオヤジに殴られたが、なんとか体にしがみつくことに成功した。真剣だったら斬られて終わるこの戦法だが、木剣なら痛いのを我慢することで強引に密着するとこまで持っていける。


「清音、いまだ!」


しがみついて動きを止めている隙を狙って清音の神速の剣が繰り出された。ただでさえ紙一重で避けるのがやっとの清音の剣だ。今のこの状態なら100%命中する。


そう思ったのだが、やはりオヤジの方が一枚上手だった。しがみついている俺をヒョイと持ち上げ、俺の体を盾にしやがった。清音の剣は俺の背中にヒットする。


「ぐわっ!」


不意の痛みに思わず声が出る。


「ハハハハッ! 今の攻撃は良かったぞ勇太!」

「いてて……そんなこと言っても失敗したじゃないかよ」

「いや、今の失敗は勇太は悪くない。悪いのは勇太の言葉を信じて、最後の一撃に全身全霊を込められなかった清音だ。清音の最高の一撃だったら今のは防ぎきれなかった」


「しかし、父上。勇太があのような方法を取るとは思わなくて……」

「だからそれが悪いと言っているのだ。勇太は隙を作ると言ったのだぞ。どうしてそれを信じてやらなかった」

「……はい。確かにそうの通りです」


清音は自らの非を認めた。それを聞いてオヤジはウンウンと頷いた。


「よし、稽古はここまでにしよう。勇太。風呂に行くぞ」


確かに汗でベトベトでさっぱりしたい。オヤジの提案に賛成した。だけど、オヤジの言葉はさらに続く。

「清音、お前も一緒に入るぞ。さっきの気の無い一撃の罰だ」

「ちっ、父上! いくらなんでもその罰は重すぎます!」

「何言ってるんだ。勇太はお前のせいで痛い思いをしているんだぞ。風呂に一緒に入るくらいいいだろう」


清音は先ほどの件に負い目があるのか、言い返せなくなっていた。そして何かを想像したのか、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

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