第217話 娘として弟子として

清音は複雑な表情で泣きそうになっていた。自分でもどうしていいか分からないのか悲しい表情で立っていた。俺は状況が分からず困惑する。どう声をかけていいかもわからないので、立ちすくむ彼女をただ見ていた。


「勇太……貴方に謝らないといけません。心を言い当てられ、憤ったのは事実です。本当は悔しいだけなのかもしれません。自分が未熟なのはよくわかっています。父上が私に伝えたいことの本当の意味を理解していないかもしれないと、随分前からわかっていました。勇太……あなたは私が父上の教えで得られてないものを持っていると、出会った時に感じていました。そして貴方を弟子にしたと聞いた時、恐怖に似た感情が湧き上がってきたのです」


どう話せばいいのか言葉が出ない。清音には何やら俺には理解できない思いがあるようだ。


「ナマクラで放ったあの技を見た時、今まで私がやってきた修行が間違いだったのではないかと思いました。そう思ってしまうと、貴方に対しても、どんどん、自分でも嫌になるくらい妬ましいと思う気持ちが溢れてきて……」


「何、重く考えてるんだよ。要は二人とも半人前ってことだろ。他人にあるものが自分にないくらいで落ち込んでどうするんだ。それを補う為の仲間だろ。清音には剣豪団があるし、俺には無双鉄騎団がある」


「年下の弟弟子に諭されるなんてね……」

「いや、これはオヤジの教えだぞ。二ヶ月一緒にいただけで、オヤジからはいろいろ教わった。自分でも言うのもなんだけど、成長した実感があるんだよな」

「二ヶ月……私は二十年も一緒にいるのに、父上から教わったのは剣技だけだと思っていた……私は父上の剣だけを見ていたのね」

「まあ、これから学べばいいんじゃないか、幸いにもオヤジは清音の近くにいるだろう」

「私にできるかしら……剣以外を父上から学べるか不安なの……」

「できるに決まってるだろ。清音とオヤジは本当の親子だろ。師として見るんじゃなくて、親としてオヤジを見てみろよ。それだけで多くを学べると思うぞ」


「──…… 勇太、もう一度、立ち会ってもらっていい?」

「どうした急に、また、俺に怒りをぶつけたくなったのか!」

「違います。貴方からも多くを学びたいと思っただけです」

「いや、立ち会って、俺から教わることはないと思うけどな……」

「いいから、木剣を取りなさい。姉弟子の命令です」


「姉弟子命令ね……仕方ない。いっちょ揉んでやるか!」


結局、二時間くらい付き合わされ、いっちょ揉んでもらい、容赦ない木剣の攻撃にアザだらけにされた。立ち会いで容赦ないところは親子でよく似ていると思う。しかし、それが終わると、清音から悲しい表情が消えていた。満面の笑みで俺にお疲れさまと言ってくれた。何か吹っ切れたのかな、そうでなければ俺の体のあざが浮かばれない。



鉄平との模擬戦後から、剣豪団の面々の俺への接し方が変わった。特に清音一門からは好意的に話しかけられるようになった。


「勇太さん、彼はトリス。清音一門の一人です。どうしても勇太さんを紹介しろってうるさくて……」

ブリュンヒルデが一人の若者を連れてやってきた。トリスと紹介された人物は、奇抜なオレンジ色の髪で、規律ある清音一門にしてはラフな服装をしていた。


「なんだよブリュンヒルデ、私は勇太さんと仲が良いから、紹介してもよろしくてよって偉そうに言ってきたのはお前だろ」

「なっ、どうして貴方はそんなにデリカシーがないのですか! そんなこと本人の前で言ってはダメでしょう!」


「すみません、勇太さん、俺はトリス。こう見えても一応はハイランダーです。剣技もまだまだ未熟ですけど、よろしくお願いします」

「よろしく、トリス。俺も剣技はまだまだだからな、昨日も清音にボコボコにやられて、ほら、アザだらけだろう」

「師匠と稽古したんですか! うわっ、それは見たかったな」

「いや、稽古といっても一方的に叩かれただけだけどな」

「師匠に木剣で叩かれるってことはそれだけ評価されてるってことなんですよ。師匠は本当の未熟者の体には木剣でも触れないように寸止めしますから」


そうなんだ。だとしても容赦なさすぎだとは思うけどな……まあ、オヤジも清音も、俺の剣技を少しは認めてくれてるんだな。

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