第216話 勝者の言葉

クレイモアはすでに行動不能になっていた。周りのギャラリーは、想像していなかった展開に静まり返っている。誰も何も言えない状況で、唯一、平常心であるオヤジが声をあげた。


「何をボーっとしている。勝負ありだ!」


そう言われて、模擬戦を仕切っていたディアーブロが慌てて判定を下した。


「しょ、勝負あり! 勝者、勇太!」


ディアーブロがそう言うと、ギャラリーもようやく状況を受け入れたのか、歓声をあげた。歓声は俺を祝福するものではなく、面白いものが見れたといった感じの反応だろう。



「凄いです、勇太さん! あれはどのような技なんですか! やはり大先生から教えて頂いたのですか!」


ナマクラから降りると、すぐにブリュンヒルデが駆けつけてきてそう声をかけてきた。俺がどう答えようかと思っていると、それより先に清音がブリュンヒルデの質問に応じた。


「あのような技、ヴェフト流にはありませんよ。父上にもできないものを、教えることなんてできないでしょう」


弟子であり、娘でもある清音のオヤジに対する言葉がどうも引っかかった。オヤジが清音は精神が未熟だと言っていたのを思い出して、少し冷たい口調で反論する。


「いや、あれはオヤジの教えがあってからこそできたものだぞ。清音、お前はオヤジから何を教わってるんだ。もっと技以外にも大事なこと教えてもらってるのに気がついてないだけじゃないのか?」


それを聞いた清音は顔を真っ赤にして怒り出す。

「あっ……あなたにそんなこと言われる謂れはありません!」


清音は、そう言うと、どこかへ去っていった。ブリュンヒルデが驚いた表情でこう言ってくる。

「師匠があんな怒り方するの久しぶりに見ました」

「久しぶり?」

「はい。まだ、私が師匠に弟子入りする前の子供の頃、好きだった男の子を言い当てられて怒った時にそっくりです」


なるほど、図星を言われて、怒り出したのか……どうやら清音もオヤジからの教えを吸収しきれていないのを自覚しているみたいだな。


「ちょっと行ってくる。怒らせたフォローくらいはしないとダメだからな」

「師匠は根は冷静ですから、放っておいてもすぐに元に戻りますよ」

「まあ、いいから。それより清音がどこいったかわかるか?」

「おそらくムサシにある剣道場だと思います。場所は格納庫の中です」

「わかった」


俺はブリュンヒルデに礼を言うと、ムサシの格納庫に向かった。



格納庫の中に、木造の建物みたいなのがあって気にはなっていたけど、多分ここが剣道場なのだろう。俺は引き戸を開いて中に入った。


剣道場の中では、清音が目を閉じて正座していた。おそらく冷静になるように精神を集中しているのだろう。


「勇太、そこにある木剣を持ちなさい」

俺が入ってきたのに気がついたのかそう言ってきた。

「何するんだ?」

「稽古に付き合いなさい。生身のあなたの剣筋も見たくなったのです」


怒りをぶつけたいのかな……まあ、確かに怒らせた責任はある。俺は言われた通り、壁にかかっていた木剣を手にとった。


木剣を持って清音に近づくと、彼女は立ち上がり、持っている木剣を構えた。


「さぁ、どこからでも打ち込んできなさい」


清音は剣を中段に構えている。俺は上段に構えて、ゆっくりと近づいた。


剛の剣のオヤジとは違う、静の剣。清音は静かに俺の打ち込みを待った。しかし、こう近づいてみてわかるけど、本当に隙がない。オヤジが剣技では自分を凌ぐと言ったのが大袈裟ではないことがよくわかる。


「これは稽古です。怖がらないで打ち込みなさい!」


ビビってるのを見透かされたのか、清音は強い口調でそう言ってくる。打ち込んでも跳ね返されるイメージしかなかったが、確かに怖がっていても仕方ない。俺は思いっきり木剣を振り下ろした。


ガツッという音が道場に響き、俺が持っていた木剣が天井まで弾き飛ばされた。細い腕から繰り出されたとは思えないほどの剣撃に、まだ木剣を持っていた手が痺れている。


「ナマクラでの剣技は見ていましたが、やはり想像通り、剣の腕はまだまだのようですね」


「なんだよ、図星を言われた仕返しか」

その言葉で、さらに怒らせたかと思ったが、清音は意外にも怒る様子はなかった。それどころか表情が崩れていき、今にも泣きそうになっていた。

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