第203話 流れ着いて
時間の経過がわからない。すでに携帯食は食べ尽くし、水も残り僅かである。このままでは干からびて死ぬ可能性が高くなってきた。
少し前から気になっていたのだけど、外から聞こえてきていた海流の独特の音や、流されている感じの揺れも感じなくなっていた。
もしかしてどこかに流れ着いたのか? そう希望を持つが、確信を持てない。
外の様子が少しでもわかればいいけど、モニターは死に、明かりもなく、予想するには音を頼る他なかった。耳をすませて外の様子を探る。やはり動いている気配は感じられない。どのみちこのままでは死を待つばかりだ、ここは思い切って外に出てみるか……
俺はバックパックを担ぎ、脱出の準備をする。そして手探りで緊急脱出用のハッチ開閉レバーを引いた。
ハッチが開くと、勢いよく水がコックピットの中に入ってくる。
ヤバイ、水の中だったのか!
後悔しても遅かった。入ってきた水は一瞬でコックピット内を充満した。このままでは飢え死にの危険から溺死確定に変わっただけだ。俺は急いで外に出た。
コックピットから外に出て上を見上げると、淡い光が見えた。外の明かりにしては薄暗いが、あそこが空気のある地上である可能性にかけて必死で泳いだ。
息の持つギリギリで、目指していた淡い光の場所へと到着した。水の中から空気のある地上へ飛び出る感覚を感じると、すぐに大きく空気を吸い込んだ。
「ふぅ〜 たっ、助かった……」
何とか溺死は免れたようだ。
もう命の危険はないと思っていたのだが、浮上した場所を見渡して、その考えはを改める。そこは洞窟の中か、何かで、地上ではなかったのだ。淡い光は、巨獣の巣にも多く生えていた光苔の光りで、月明かりだと思っていた俺の期待を裏切った。
とにかく、出口を探さないと……
俺は出口を探す為に探索することにした。周りを見渡し、通路が続いてそうな場所を探す。
あれは何だ── 見ると点のような強い明かりを見つける。もしかしたら出口の明かりかもしれない。俺は希望を持ってそこを目指して歩き始めた。
明かりに近づくにつれて、何やら妙な音が聞こえてくる。シュッ、シュッと風を切るような音で、風の音にしてはキレがよすぎるように思える。さらに近くと、タンッタンッと地面を叩くような音もしているのに気が付く。
強い明かりのある場所は、円形の広い空間だった。そこの中心に置かれたランタンのような物から発せられた光が明かりの正体だった。そして風を切るような音の正体もわかる。
ランタンの近くで一人の男が一心不乱に剣を振っていた。すでに向こうからもこちらがわかる距離に近づいているが、気にしないのか、夢中で気がつかないのか、剣を振る動きに乱れはない。
それにしても凄い剣技だ。素人の俺でもわかるほどに卓越した動きで、力強いのに素早く、一振り一振りが必殺の一撃を思わせるほどに存在感があった。
いつの間にか俺はその剣技に見惚れていた。無双鉄騎団にも剣技に優れた者はいる。アーサーなんかはどこかの流派の免許皆伝らしく、かなりの腕前らしいのだが、今、目の前の人物のそれは次元が違った。まさに芸術の域にも達しているような剣の舞に目を奪われる。
渚も年齢では考えれないほどの武術の達人らしいのだが、やはり若さなのか、俺のあいつを見る目が曇っているのか、渚の稽古では感じられないほどの迫力を感じる。
どれくらいの時間が経過したのか、その人物が剣を振るのをやめるまで俺はそれを見続けていた。剣を振るのをやめた男は、こちらを見てこう言った。
「子鬼かと思ったら人の子か、人の子なら腹も減るだろう。どうだ、一緒に飯でも食うか?」
飯でも食うかと聞かれ、自分が極限の空腹状態であったのを思い出す。俺は大きく頷いていた。
男が振る舞ってくれたのは鍋料理であった。干し肉や野菜がたっぷり入っていて、かなり美味い。俺は貪るよにそれを食べた。
空腹が満たされると、俺は男の事が知りたくなり、話を聞く。
「こんな場所でどうして剣を振っているんですか?」
男は少し笑いながらこう答える。
「普段の生活の中で剣を振っていると、ふと、わからなくなるんだ。何の為に剣を振っているのか、そもそも剣が必要なのか、剣とは何なのか── そんな時、ここに籠もって剣だけを振る時間を作るようにしている」
「ここで剣を振ると何か分かるのですか?」
「何も分からんよ。だけど迷いは無くなる。やっぱり俺には剣しかないなと認識するんだ」
男の言葉を理解はできなかったけど、なぜか納得した。さらに話を聞いていて判明したのだが、この洞窟からしばらく出れないと言うことだった。
「あと二ヶ月はここから出られないんですか!?」
「そうだ、入り口を外から塞いで貰っているからな、中からは出られないようになっている」
「どうしてそんな……」
「逃げ道があっては籠る意味がないだろう」
確かにそうだけど……二ヶ月か……みんな心配するだろうな……
「そういえば名前を聞いてなかったな」
「俺は勇太です」
「そうか、俺はヴェフトだ。どうだ、勇太。二ヶ月暇だろうし、俺に剣を習ってみないか。さっきの様子から興味はあるんだろう」
ヴェフトの剣技を見て感動すらしていた俺は、その提案に二つ返事でOKした。
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