第154話 助けられた者/渚

最後に残った闇翼の魔導機が、砦の外へと逃げていく──


私を助けてくれた白い魔導機が話しかけてきた。


「そこの両腕を失った魔導機、大丈夫か?」


私の妄想は現実の五感をも狂わせる。白い魔導機のライダーの声が勇太の声に聞こえてしまった。自分の妄想が作り出した勇太の声に一瞬、思考が止まったが、気持ちを切り替えて返事をした。


「……だ……大丈夫です……」


「そうか、俺は外の敵を倒しに行くから、動ける魔導機で入り口を防御してくれ、一機も砦には近づけさせないように叩くけど、もしかしたら撃ち漏らすかもしれないからな」


そう言って白い魔導機は砦の外へと向かって行った。その後ろ姿を見ていると、一緒に学校へと登校する勇太の姿と重なる──歩き方の微妙な癖なんかも勇太に見えてくる……私は思わず叫んでいた。


「勇太!」


白い魔導機が振り返る──嘘、本当に勇太なの? だけど、さっき返事をした後、すぐに外部出力音を切っていたので外に声が聞こえるはずがない、おそらくただの偶然だろう。


私は両腕を失って、もう戦えなくなったラスベラから降りた。ユキハたちも魔導機から降りて、白い魔導機の言うように、動ける魔導機に砦の守りを固める指示を出していた。


「渚、外の様子を見にいきましょう」

ユキハにそう誘われる。やはり私は妙にあの白い魔導機が気になっていた、外で戦っているだろうあの魔導機が見たい……そんな不純な動機でユキハの提案に同意する。


ユキハたちと砦の周辺を一望できる高台に登ると、すぐに白い魔導機を探した。


「なんだあれは……あの白いのは化け物か……」

ジハードが白い魔導機の戦いを見て、心底驚いたようにそう呟く。デルファンも同意して激しく頷いている。


「単機で闇翼を叩き潰し、数百の魔導機の軍勢を圧倒する。あの白い魔導機は何者なの……私たちを助けてくれたってことはエモウ軍の魔導機だと思うけど、あれほどの戦力ならいやでも耳に入ってきそうだけど……」


ユキハも常識離れした白い魔導機の戦いに感嘆の声を上げる。


ユキハたちは驚異的な白い魔導機の戦闘力に目が行っていたが、私が気になっていたのはそんなことではなかった。動作一つ一つの癖、それがどう見ても勇太にしか見えなかったのだ。


「ユキハ、ちょっとお願いがあるんだけど」

そう私が言うと、ユキハが怪訝そうに私を見る。

「どうしたの渚、そんなに神妙な顔して……まあ、何か知らないけど、私に出来ることなら言って頂戴」

「私を思いっきり引っ叩いて!」


想像もしなかったお願いに、ユキハは動揺している。

「何言ってるのよ、渚、そんなことできるわけないでしょう」

「いいから、早く私を叩いて!」

真剣にお願いするのが伝わったのか、ユキハはちょっと呆れたようにその願いを聞き入れた。

「もう……後で怒らないでよね」


そう言いながら手を横に構え一呼吸置くと、思いっきり私の頬をビンタした。


パシンと乾いた音とともに痛烈な痛みが走る。痛みで精神をリセットする──妄想を切り離して現実だけを見るように集中して、白い魔導機の動きを見直した。


合気道では短い時間の中で相手の動きの癖を読み取り、思考のパターンを考えて次の一手を繰り出したりする。その為に私は昔から人の動きや行動に敏感であった。立ち合いの時の短い間に相手の癖を読み取ることをしていた人間が、普段の生活で当たり前のように一緒にいた人物の癖を見ていないわけない、しかもその人物が大好きなら尚更である。


白い魔導機を見ていた私の視界がどんどん歪んでいく──それは、見る以外の人の目に備わったもう一つの機能が自動的に発動したからである。


ポロポロと涙が溢れてくる──それ以上に感情が心の奥から溢れてくる──気持ちが昂り、喜びが体を震わせる。


生きていた──


それだけで嬉しかった。妙なオークションから彼が心配で仕方なかった。もしかしたら現代日本では考えられないくらいに命の軽いこの世界で、大好きな彼が非常な洗礼を受けていなくなるんじゃないかと心が張り裂けそうなほど心配していた。


だけど、彼は生きていた。今、私の前で戦っている──


右手を上げる時に、僅かに肩をピクッと震わせる癖は昔から直らない。大きく踏み込む時、ちょっと顎を上げて上向きになる癖も治らない。幼少からずっと一緒にいたんだ、人生の大半を一緒に過ごし、ずっと彼の事を考えていた。私が彼を見間違えるわけない。


あの、白い魔導機のライダーは勇太だ──

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