スピードフリークス
「ふおおおお!?」
「うわぁっ!?」
「きゃああ!!」
ぽんぽんと飛び回り頭上から落下攻撃を仕掛けてくる蟹型焦錆獣に、一行は完全に翻弄されていた。
爆撃のようなその落下攻撃は、まったく止まる気配がない。
錆蟹は落ちてくるたび、誰を狙うのかもわからず、三人それぞれにとにかく全力で逃げ回るしかなかった。
「あの蟹どこから……いや、どうやって遠くからワシらに気付いたんじゃ?」
焦錆獣はアマルを感知する能力がある。それは通常、人間の視覚程度の範囲のはずが、錆蟹はまったく姿が見えなかったのにいきなり現れた。
『カテゴリーⅣの能力は個体差が大きい。こいつは感知範囲が恐ろしく広いのかもしれない』
「に、ににに、逃げましょう!? こんなの無理ですよ!」
「逃げても見つかっちゃうんじゃ、また跳んでくるだけだ! 戦うしかないよ!」
「そ、そうはいってもひぃ!? わわわわっ、かす、カスリました!」
飛び回って落っこちるだけ、という大雑把な攻撃方法だが、アマルによって肉体強化された三人が、全力で駆け回ってようやくギリギリ回避できるほど、そのスピードと命中精度は高い。
「あやつ、アマルを使ってこっちを狙ってきておる。他の焦錆獣は、攻撃にアマルを使うことすら無かったというのに」
『アマルは精神に応えて働く力だ。まず意思が無ければ使うことが出来ない』
「なるほど、ぬおっ! んのぉっ……」
逃げ惑いながらも、落下直後の停止を狙ってコウスケが金槌で殴りつける。だが、甲羅が少し欠けただけで錆蟹は意にも介さずまた宙に飛び上がる。
そして空中にいる間に欠けた部分は修復されてしまう。
『カテゴリーⅣに進化してアマルを自分で生み出すようになった焦錆獣は、多少の手傷は自分で供給するアマルだけで修復してしまう』
「どうすればいいんじゃ?」
『供給を上回るペースでダメージを与えるしかない』
アレックスの助言に従い攻撃しようとするが、錆蟹はすぐに空へ逃れるため、一発殴るだけで精一杯だった。
そもそも反撃するためには、落下攻撃を紙一重で躱してすぐに攻撃しなければならないが、追尾してくる落下は回避することすら難しい。
「地上におる時間は一瞬……ならば、空中で捉えるしかあるまいな」
「ふきゃーっ!? た、たす、たすけっ!」
ミーリュを狙って落ちた錆蟹が飛び上がった直後、それを追ってコウスケは跳んだ。
(どうやって追いつくかを考えるな! ただ願って、実行しろ!)
地上数百メートル、跳躍の頂点にやってきた錆蟹に、コウスケは一気に迫った。
錆色の目がコウスケに気付く。錆蟹は慌てて甲羅からアマルを噴射して距離を離そうとするが、コウスケも同じように空中でさらに加速して追いすがる。
「ぬりゃあ! せりゃあっ!」
一撃では甲羅が少し欠けるだけだが、二、三発の攻撃を重ねれば、傷は大きく広がっていく。
だが、それでも錆蟹の巨体にとっては小さなダメージにしかならない。
錆蟹は横ではなく下に加速することでコウスケから逃れる。
すぐそこまで近づいている地面に錆蟹はそのまま突っ込むだけだが、それに付き合って落ちればコウスケの体はもたないため、攻撃の手を止めてアマルで着地の衝撃を抑えるのに集中する。
「ぬ、くっ……」
先に地面に激突した錆蟹は、コウスケが体勢を立て直す前に跳び上がった。追うのを諦め、再び走って逃げるのに専念する。
訓練の成果か、コウスケもまだ息切れせずに戦い続けられているが、決定打がない状況だった。
「これではジリ貧じゃ。一気に倒すような手があれば……」
「あるよ、倒せる技が」
「なぬ?」
いつのまにかコウスケの近くを走っていたサラは、ぐっと眉間に力を入れて頷いた。
「恐竜の時はしくじっちゃったから、ここはセンパイとして頑張らないとね!」
「本当に大丈夫かの?」
「任せて! って言いたいところだけど、大技だからタメに時間がかかるんだよね」
「どのくらいじゃ?」
「うーん……出来れば十秒くらい動かずに集中したいな」
コウスケかミーリュが二、三回落下攻撃を引き付ければそれくらいの時間は稼げるはずだが、足を止めて隙を見せるサラを狙わないでいてくれるというのは楽観的過ぎる。
落下攻撃自体を止めることが出来ればいいが、あの落下の衝撃や跳び上がる力を押さえつけるのもまた至難だ。
「止める手段が無いならば作るしか……作る?」
そう呟いたところで、はたと何かに思い至り、コウスケは思わず足を止めた。
錆蟹はそれを見逃さず、次の落下攻撃の標的を彼に定める。
「なにしてんの!?」
サラが慌てて横からかっさらうようにコウスケの体を抱えて跳び、ギリギリ押しつぶされるのを避けて地面に転がった。
錆蟹が巻き上げた土と落ち葉がパラパラと降りかかるのを払いながら立ち上がり、コウスケを抱えたまま爪の追撃を避けて走る。
肩に担がれたコウスケのほうはといえば、急に笑い声を上げ始める。
「かかか! そうか、最初から答えなら決まっておったわ!」
「急にどうしたのさ!?」
「ワシのアマル能力じゃよ。ずっと考えておったが……」
考えるな、願え。コウスケはその言葉を思い返し、その意味するところをほんの少しだが理解した気分になる。
「ワシは職工じゃ。モノをつくる。出来ることなぞ他に無い」
サラの肩から降りた彼は、走りながら林を見回し、まっすぐ高く伸びた木を見つけてそれに向かった。
右手に金槌を構え、左手で幹に触れ、双方にアマルを流し込んでいく。
「必要なアマルの量は……わからんな、ありったけじゃ」
コウスケの胸元、装甲の隙間から光が溢れ、彼の振りかぶった金槌へと集まっていく。
「鍛え上げろ、アマルよ!」
振り下ろした金槌が甲高い音と共に打ち付けられる。火花のように光の粒子が散り、木全体へアマルの輝きが広がっていった。
光を帯びた以外に見た目の変化は無いが、コウスケは手応えを感じて満足気に頷く。
「サラ、ミーリュ、集まれ!」
別々の方向に逃げ回っていた二人を呼び寄せる。
バラバラに逃げている時は誰が狙われるかわからなかったが、三人が固まっていれば狙いを絞ることが出来る。
「この木であの蟹を止める」
「大丈夫なの? 木がちょっと硬くなったくらいじゃ防げそうにないよ?」
「しっかり考えてあるから安心せい。サラは大技とやらに集中じゃ」
「わかった……!」
「き、来ますっ」
サラが緊張の面持ちで気息を整え始めると同時に、ミーリュが悲鳴のような声をあげる。
コウスケも空を見上げるが、木の枝葉が邪魔であまり視界は良くない。
「ミーリュ、蟹はおかしな動きをしておらんだろうな? 真っ直ぐこっちに置いて来ておるか?」
「ま、真上から来てます、直撃コースですよぉ!」
「よしよし、ならばあとは……」
コウスケは再び金槌にアマルを込め、今度は木の根本近くの当たりを叩いた。叩かれた箇所に一気に亀裂が入り、
「発射じゃ!」
「と……飛んだっ!?」
直後、亀裂からアマルの輝きを帯びた水が噴き出し、そこから切断された木が空に向かって飛び立った。
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