金より大事なものはあるが、それも金で買える
「星が暖かくなるってこと? 過ごしやすそうでいいんじゃない?」
「やはり世界が違うと事情が違うんじゃのう……」
コウスケは地球環境の知識の無いサラに、かいつまんで温暖化現象の説明をした。
化石燃料。大気中の二酸化炭素濃度の増加。海面上昇や環境変化。
一通りの話に対するサラの感想は「大変じゃん!」だった。
「大変なんじゃよ。そして今の人類の科学力でも、それに歯止めをかける方策がいくつかあったのじゃが、それらはことごとく人々の妨害にあって失敗した……というのがここ五十年ほどの地球の歴史じゃ」
「なんで!? 星がヤバイって時になんでそんなこと……」
「儲からないからじゃよ」
「……は?」
「二酸化炭素排出量を減らす施策や環境保全の事業は、既存の儲かる仕組みの邪魔をするものが多い。じゃから、一部の良識的な人間が温暖化対策を行おうとしても、それによって儲からなくなる業界が反発するんじゃ」
「かっ……金儲けなんて考えてる場合じゃないでしょおおお!?」
「素直にそう言ってくれると気持ちがええのう」
かかと笑い、コウスケは上機嫌で言葉を継ぐ。
「そこで職工であるワシの出番じゃな」
「なんか環境を守るようなすごいもの作ったの?」
期待感の薄い様子で問うサラに、コウスケは頷いた。
「はちゃめちゃに効率的なバイオマス発電機を作ったんじゃ。こいつを使うと、従来よりも使う燃料がはるかに少なく済む」
「え、普通にすごい感じ?」
「うむ、すごいぞ。今思えば……もしかすると、その時から気づかないうちにアマルを使っておったのかもしれんのう。なぜか重要なパーツが、ワシと限られた職人にしか作れなかったからのう」
『あり得る話だ。アマルという存在を知らなくても、強い精神力を込めればそれにアマルが反応することはある』
「ばっちり気合を込めて作りまくって普及させたんじゃが、おかげでエネルギー産業やら産油国やらで色々と問題が起きて、ちょっぴり戦争も起きてしもうてな……」
「なんでそうなるの!?」
「さてのう……おかげで死の商人呼ばわりされることもあった。ワシは発電機作ってただけなんじゃが」
眉根を寄せたコウスケはそこで大きく一つ息を吐く。
「その後も色々作って儲かりはしたが、環境破壊に歯止めをかけることはついぞ出来んかった」
「さらっと言ってるけど、儲かってるんじゃないか。儲け度外視で環境に良い物は出来なかったの?」
「儲からん商品とは誰も売りたがらん商品じゃ。それでは普及せんから、どれだけ環境に良くても意味がない」
環境に良い物を作る。これが儲かる商品になるならば企業が売って普及してくれる。
だが商品が普及して市場を形成すると、競合する旧来の企業、市場、場合によっては国からの攻撃が始まる。
エネルギー産業は人間生活に深く根ざしたものであり、その構造は広く根深い。その利権を侵犯する以上、大きな衝突はいずれ免れ得ないものだった。
「ワシに考えられる選択肢は二つあった。一つは、誰の邪魔もせぬよう細々と環境活動をする。……そんなことで救えるような状況ではないと判断したから、これは論外じゃった」
「じゃあ、もう一つの選択肢は?」
「エネルギー産業そのものを壊滅させ、人間社会から放逐する。それを出来る可能性があるのが、模造アマルゲートじゃった」
コウスケの作った装置、模造アマルゲートはアマルで発電する。それはアマルを知らない既存科学から見ると、なにもないところからエネルギーを取り出すというとんでもない代物だ。
もしそれが本当に実現するならば、燃料なしで発電ができる。それはほとんどのエネルギー関連事業を、無価値なものに変えてしまう可能性があった。
「模造アマルゲートが普及すれば、石油もガスも必要なくなる。エネルギー実質無料時代の到来じゃ」
エネルギー産業は文字通り人間文化に根ざした産業であり、個人や一企業がそれと真正面から戦うなどということは不可能に近い。だが、その根底から一気に壊してしまうこのが出来るなら、とコウスケは考えたのだ。
「……そっか、そういうことなんだ」
「なんじゃサラ、あまり驚いておらんのう。この構想は誰に話しても、結構ビックリしてもらえる鉄板ネタなんじゃが。良い意味でも悪い意味でも」
「ごめんね、それは驚かないよ。だって、模造アマルゲートが普及した世界を知ってるからね」
「なんと!? あるのか、そういう世界も!?」
「ボクの出身世界だよ。確かにエネルギーはほとんどタダ同然で使い放題だったし、温暖化なんて起きてなかった」
「やはりそうか、それならばワシのこの装置を普及させれば……!」
サラの語る異世界が、自分の理想通りの世界だとわかり、興奮を隠しきれないコウスケだったが、それに対してサラの表情は沈鬱なものだった。
「ダメだよ!」
やけに強い語気でそう告げるサラに、コウスケは面食らう。
「な、なぜじゃ?」
「だって、ボクの世界は模造アマルゲートのせいで崩壊したんだ」
「なに……焦錆獣にやられてしもうたのか?」
「ううん、焦錆獣は自分たちで撃退できた」
サラは首を横に振る。
「模造アマルゲートは世界の壁に穴を開けてアマルを得る装置なんだ。それがたくさん稼働することで世界の壁は穴だらけ……脆くなって、世界自身を支えきれなくなったんだ」
「なんじゃと……では、この装置を作ったせいでこの世界は……」
「一つや二つなら、問題ないと思う。でも、普及なんてさせたら、ボクの世界の二の舞になっちゃうよ」
彼の生まれ故郷がどのような世界だったか、見た目がほとんど地球人と同じサラの姿から考えれば、さほど違いが大きいわけではないだろうと想像できる。
隣人のような異世界がコウスケのの理想に近い世界だったこと、そしてそれ故にたどった顛末を聞き、彼は言葉を失う
「危ない!」
会話に夢中になっていた二人は、いつのまにかミーリュよりも先行してしまっていた。
彼女の声に気付き慌てて飛び退くと、二人の眼前に錆色の壁が降ってきた。
「でっか……!?」
それは人の身長よりも巨大な蟹の甲羅だった。
屋敷の中で戦ったアロサウルスと同等か、それ以上のサイズに巨大化した蟹型焦錆獣を前に、コウスケは頭を抱える。
「あーそういえば冷蔵庫に入っておったな、ズワイガニ。こやつらに食らわせるにはもったいない……!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ! どうしてこんなに近づかれるまで気づかなかったの……!?」
「だ、だって、い、いいいきなり、と飛んできて……!」
突然落ちてきた巨体から伸びた八本の足が地面に突き刺さり、地面に食い込んだ巨体を持ち上げる。
左右のハサミを叩きつけられ、コウスケとサラは再び大きく飛び離れた。
と、錆蟹は足をぐっと曲げると、勢いよく空へと跳び上がった。
「なあっ!?」
はるか上空へと自らを打ち上げた錆蟹は、コウスケ目掛けて落下を始めた。
慌てて駆け出した彼を追尾するように、錆蟹は甲羅の横からアマルを噴き出して落下方向を調整する。
「ぬおおおお!?」
コウスケは地面と甲羅に挟まれる寸前でアマルを使い体を加速させ、すんでのところで回避する。
「なんじゃこいつは!? 今までの焦錆獣どもとは明らかに違うぞ!?」
『まさか……そんなバカな! もうカテゴリーⅣに進化しているのか!?』
錆蟹のその動きを見たアレックスが驚愕の声を上げる。
「進化するとどうなるんじゃ!?」
『カテゴリーⅢまでの焦錆獣は、プログラムに従って動く機械に近い。捕食行動や攻撃も単調なものだ。だが、カテゴリーⅣに進化すると思考機能が芽生える』
「自分で考えて行動するということか!」
『それだけではない! 思考するということは精神を持つということ。焦錆獣が自らアマルを生み出し始めるということだ……!』
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