威力偵察

「どりゃあ!」

「烈吼旋打!」


 コウスケの振り下ろした金槌がトカゲ型焦錆獣の頭を、サラの連続回し蹴りがリス型焦錆獣の胴を、それぞれ砕くと、残った部分も崩れて消えていく。

 しかし、ミーリュの前にいるネズミ型焦錆獣は、その身に幾筋かの切り傷を受けながらも、形を保っていた。


「わ、わわわ……っ!」


 焦錆獣の突き出してきた長い爪を、ミーリュは両手に持った二本の短剣で受け止める。直撃は避けたものの、勢いに押されて大きく後ろに吹っ飛ばされてしまう。

 追撃を仕掛けるネズミの前にサラが素早く回り込み、下から蹴り上げた。

 宙にふわりと持ち上がったところを、横合いからコウスケが突っ込み、胴に金槌を叩き込む。

 真っ二つに折れ砕けたネズミは、地面に落ちると崩れ始めた。


「あ、ありがと……ございます……」

「ふぅ……今のはちょいとデカくなっておったのう」

「それでも、まだボクたちでも倒せるくらいだ」


 焦錆獣はそれぞれに好き勝手な動きをしており、林の各所にバラバラに散らばっている。それを各個撃破すること一時間ほど。

 焦錆獣の出所であるコウスケの屋敷を中心にコンパスで円を描くように時計回りに移動しながらおよそ半周し、これまで駆除した数は合計二十体を越えている。


「ほんの数時間でこんなに増えるものなんじゃな」

『確かに放置すればどんどん増えていくのが焦錆獣の性質だが、これだけの早いペースは稀だ。やはり慎重に様子を見るべきだな……少し休憩を取ろう』


 ミーリュの魔眼で近くに焦錆獣が居ないことを確かめ、それぞれ地面や切り株に腰を下ろす。


『ミーリュ、ここから屋敷は見えるか?』

「ん……見にくいけ、ど、見え、ます」


 コウスケの家屋敷がある方向を見つめながら頷くミーリュ。コウスケとサラの目には、木々と地形の起伏が邪魔をして、人工物などはまったく見当たらない。


「屋敷は……かなり侵食されて、ます。半分くらい、包まれて……」


 見えたとしても数百メートルも離れていれば、豆粒ほどにも大きくはないはずだが、微かに赤く発光する左目でじっと一点を見つめ、屋敷の様子を報告する。


「その周りは中くらい……カテゴリーⅡがいっぱい、うじゃうじゃ……あまり動いてないです。い、岩の裏で冬眠する虫の群れみたい」

「うへぇ」


 その様子を想像したのか、それとも虫の喩えがいやだったのか、サラが口をへの字にして呻く。


『妙だ』

「なんじゃ?」

『密集していると焦錆獣同士で生物の奪い合いになる。捕食行動に従って自然と散り散りになるはずだが、なぜ一箇所に留まっている個体が多いのか……』

「じゃが、少しは成長しておるんじゃろう? 屋敷の周りに、木よりも良い餌があるんじゃないのかの」

『虫や小動物は樹木よりもアマルは多いはずだが、それでも複数個体を進化させるほどとは……ミーリュ、屋敷の周囲のアマルを持つモノを見てくれ』

「それが……なんだか、見えにくくて……アマルの霧が出てるみたいに、なってます」

『まさかジャミング? カテゴリーⅢではまだそんな知能は無いはずだ』

「ところでのう、宇宙からスキャンしてわからんのか?」


 青空を指差しながら訊ねるコウスケに、アレックスはカメラを左右に振る。


『いま、本艦は月の裏側にいる。この世界の科学力では発見されてしまう可能性があるからだ。この距離では、あまり精細なスキャンは出来ない』

「かかか、宇宙からの侵略者と勘違いされてちょっかいを出されても困るものな」

「あの……霧はあまり濃くないので、もう少し近づけば、ある程度、見える、ようになると思いま、す」


 相変わらず自信がなさそうなミーリュの進言を、アレックスは受け入れるべきか迷う。

 屋敷に近づくということは、その密集した焦錆獣の群れに近づくということ。その勢力圏外周よりも接敵頻度は増え、進化個体と遭遇する可能性も増してくる。


「大丈夫、行けるよ。ちょっと近づいて見てくるだけでしょ」


 ミーリュとは正反対にサラは異様にやる気と自信に満ちていた。


『だが……』

「連中、防衛線を張っているというわけでもないんじゃろう? 手薄な場所を狙って素早く動けば良いんではないかの」

『……わかった。ただし、危険だと判断したらすぐに退くように、安全確保が最優先だ』


 休憩を終え、三人は再び屋敷を遠巻きに回りながら、勢力圏内に焦錆獣の少ない場所を探す。

 途中、出くわした焦錆獣は当然、退治――“踏み消<スタンプ>”していく。

 直径三十センチメートル程のコナラの幹に取り付き、ずぶずぶと侵食していた焦錆獣をコウスケはアマルを込めた金槌で殴り砕いた。

 焦錆獣が砕けると幹に残った錆色の破片も完全に消え去り、後には噛み跡のようなものが残る。その跡だけならば、熊や猪などの動物が付けたようにも見える。

 同じような傷を付けられた木は一つ二つではなく遠くまで点々と続いていた。


「この辺……焦錆獣が少ない、です。ここからなら、近づける、かも」


 コウスケとサラがアレックスを見ると、アレックスもカメラを縦に振った。


『わかった。ゆっくり近づこう。ミーリュは監視を細かく』

「が、がんばる……けど、二人が守って……くださいね?」


 ミーリュの魔眼は、かなりの集中を必要とするらしく、魔眼を使いながら走ったり戦ったり出来るわけではないものだった。彼女が魔眼を使っている間、戦闘は他の二人に任せきりになる。


「任せといてよ!」

「うぅ……不安……」

「むぅ……ん? コウスケ、なにしてんの?」


 サラがふとコウスケを見やると、彼は焦錆獣が木の幹に付けた傷に手を当て、眉を寄せていた。


「アマルを吸われた植物は、枯れてしまうのかのう……」

『いや、一時的に弱るためそのまま枯れるかもしれないが、そこから持ち直せば問題なく生き続けるはずだ』

「それならばいいのじゃが……」

「植物が好きなの?」

「好きとは違うな。ただ、地球にとって植物はものすごーく大事なものじゃからな……ワシが職人をやっておる理由でもある」

「理由ってなにさ?」

「……話すと長くなるのう。ほれ、気づかれる前に行こう」


 そう言って苦笑し、走り始めたコウスケにサラはなおも食い下がった。


「いいから話してよ。模造ゲートを作るような理由ってのが気になるんだ」

「それでは……惑星の温暖化と言ってわかるかの?」


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