不安な出撃

 その後、三時間ほどを訓練に費やすうちに、サラの治療が終わったという報告が届いた。

 コウスケたちが訓練を切り上げて医療区画へ向かうと、サラは装甲をすべて外したインナーのみの姿でベッドに寝ていた。


『サラ、調子はどうだ?』

「ばっちり、すぐに出られるよ」


 サラは起き上がると、負傷したはずの左肩をぐるぐると回して、完治したことをアピールする。

 体に張り付くようなインナースーツは、ボディラインがはっきりと見て取れる。

 サラは男性としては細身で小柄、顔立ちも相まってコウスケの目には子供のようにしか見えなかった。全身を覆う装甲は、ただ身を守るだけでなく、体格を大きく見せるためでもあるのかと考えたくなる。


「……なに?」


 コウスケの視線に気付いたサラは唇を尖らせつつ、いかにも険のある声音で問う。

 考えていたことをそのまま言えば怒るだろうと判断して、コウスケは別の話題を考える。


「いや……こんなに短い時間でそこまで治るとはのう、アマルをつかった治療はスゴいんじゃな」

「それキミが言うかなぁ? 死にかけの状態から復活するほうがよっぽどスゴいじゃないか」

「そういえばそうじゃったな」

「はぁ……それで結局、一緒に行くの?」

「自分の世界のことじゃからな。人任せにはしておけん……ってなんじゃ、なにか言いたそうじゃのう?」

「べっつにぃ」


 言葉とは裏腹に、サラは半眼で顔を反らした。彼の不服そうな態度に、アレックスが取りなすように説明する。


『もう聞いていると思うが、焦錆獣の進化スピードが早い。彼の手助けが必要だ』

「アレックスがそう言うなら、仕方ないけど……」


 そう言いつつも、やはり唇を尖らせていかにも不承不承という調子を崩さない。


「……出撃の準備をしてくる」


 病室を小走りで出ていったサラを見送り、コウスケは肩を竦めた。


「ワシはどうも嫌われておるようじゃな……」

『この船のクルーの大半は模造ゲートを良く思ってはいない。だが、サラはその中でも特別なんだ……君個人に思うところがあるわけではないはずだ』

「大丈夫じゃよ、嫌われるのには慣れておるからな。それこそ殺されそうになったのも二度や三度ではないわ」

『……何か事情が?』

「き、危険人物……?」


 アレックスとミーリュが遠慮がちに聞いてくると、


「社会的に大きな影響のある人間じゃったから、ワシを狙う輩は多かったということよ」


 コウスケは右目を細めて笑い、それ以上詳しい話はしなかった。




『本艦はまもなく地球への転移を完了する。その後、全員地上へ転送降下する』


 コウスケ、サラ、ミーリュの三人は、アレックスのドローンと共に転送装置の中で出撃を待っていた。

 サラはやはり全身を分厚い装甲で固めた西洋甲冑のような姿。腹部や左肩の周囲は損傷を応急的に改修した跡があった。

 ミーリュも今は白衣ではなく装甲服へと着替えている。全身をぴったりと覆うインナースーツの上に、上半身や手足を守る装甲を纏い、腰の後ろには鞘に入った短刀を二振り、備えている。他にも複数のポーチを腰や背中に備えており、それらには医療用具などが入れられていた。


「この転送装置から直接、地上に転移することは出来んのかの?」

『可能だが、異世界間では即時通信が出来ない。俺のドローンは船が同じ世界にいないとサポートが出来なくなってしまう』

「他のクルーはサポート無しで他の異世界に行ってるけどね。今回はコウスケも居るし、サポートしてもらわないと難しいでしょ」

「そ、そんなこと言ってる、けど、サラ君もまだお守りが必要な、ルーキー……もちろん、私も」

「ぐぬ……」

『焦錆獣はすでに進化し、カテゴリーⅢだ。これを完全に踏み消すには三人だけでは難しいだろう』

「それでは、ワシらはどうすするんじゃ?」

『基本的な作戦方針は焦錆獣の封じ込め、カテゴリーⅣへの進化阻止だ。カテゴリーⅢからは分裂増殖した子の焦錆獣が周囲に散らばってアマルを集め、中心となる一体の進化を早めるようになる』

「では、その分裂した子を狙えばいいんじゃな」

『そうだ。他の異世界に向かったクルーのうち、何名かはもう仕事を終えたようだ。彼らが帰還したら応援に来てもらう。それまで三人は、可能な範囲で焦錆獣を減らす』

「了解」

「承知した」

「うぅ……私には無理ですよぉ……」


 ミーリュは自分の顔を両手で覆い、床に座り込んですっかり小さくなっていた。


「嬢ちゃん、随分と自信がなさそうじゃが、大丈夫なんかのう?」

「ミーリュはいつもこうなんだ。ちゃんと仕事はしてくれるから気になくていいよ」

「も、もう! サラ君だって、ちょ、ちょっと前まで、漏らすくらいビビリまくってたのに……!」

「漏らしてないし、前の話でしょ! 今はもう大丈夫だって!」


 くつくつと小さく笑いながら二人のやり取りを見ていたコウスケに、アレックスが訊ねる。


『アマルの使い方は思いついたか?』

「いや、まだじゃ。もう少し何か、ヒントになるようなものでもあればいいんじゃが……」

『残念ながら時間切れだ。ひとまずは最初に言ったように金槌を武器に戦ってくれ』

「しようがないのう……」


 コウスケは腰に据え付けられたホルスターを撫でる。拳銃が入っていそうな容器の中には、金槌が入っていた。


『世界転移完了。スキャン後に出発だ』


 転送装置内からは外の様子が見えないが、アレックスの言葉でサラは表情を引き締める。


『これは……さらに増殖スピードが上がっている!? ひとまず、焦錆獣の勢力圏外に転送する』


 三人の体が光に包まれはじめ、ほんの数秒後、彼らの姿は稲光の中にかき消えた。


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