考えるな、願え

 世界船ヴェイグラント。アレックスがそう呼んでいた船は、コウスケが思っていた以上に巨大な乗り物だった。

 形状は水に浮かぶそれよりも潜水艦や宇宙船に近く、中には合わせて百人程度の乗組員が暮らす生活スペース、医療スペースの他、兵器の格納庫などの軍事的な設備もある。

 コウスケはアレックスとミーリュと共に、その中の訓練室に居た。その一室だけで、学校の体育館程度の広さがある。

 今は貫頭衣から装甲を備えた戦闘服に着替えている。


「サラが着けていたものより装甲は少ないんじゃな」


 彼が全身ガチガチに装甲を固めていたのに比べると、コウスケの服はかなり防御は少なく動きやすさ重視といった様子だ。


「あ、あれは、サラ君の特別仕様で……彼の能力を活用するための装備、なんです。び、ビビリだから装甲で固めているってだけじゃ、ないです……」

「お、おう……そこまでは言ってないんじゃが……サラの能力というのは、ワシがやったようにアマルを込めてただ殴るのとは違うのか?」

「サラ君は、蹴った物を爆発……させる能力を持ってる」

「顔に似合わずなかなか物騒じゃな」

「うん……本当に物騒で、自分も爆発に巻き込まれる……から、装甲で守ってる……です」


 ミーリュは右目を閉じ、長い前髪を左右に少しだけかき分けて左目でコウスケをじっと見つめる。

 その爬虫類のような瞳に、ぼんやりと赤っぽい光が灯る。


「わ、私の能力は“魔眼”です……左目で見ると、普通は目に見えないアマルの流れなんかも、み、見えます……」

「見る能力か……そういう使い方もあるんじゃな」

「アマル能力は、ひ、人の性格や趣味嗜好によっていろいろです。いやらしいこととか……考えてばかりだと、そういう能力になっちゃいます、から」

「かっかっか! そいつは気をつけなければのう。男というのはいくつになってもスケベな生き物じゃなからな」


 コウスケはミーリュの発言にも慣れてきて、笑って軽口を返す余裕が出てくる。


「しかし、アマルとは何が出来るものなのか、どうにも掴み所がないのう」

『アマルはあらゆる可能性を実現する。何が出来るか、ではなく、何でも出来るのがアマルだ』

「なんでも?」

『君は常識では計り知れないアマルの力を文字通り、身を以て知っているはずだ』


 ドローンアームが真っ直ぐに、コウスケ自身を指差す。

 いまは装甲服の下に隠れている、アマルの光を宿した胸の大穴。

 死の淵にあったコウスケの命をつなぎとめ、なおかつ肉体を若返らせたのは、まさにアマルの力だ。


『ただし、アマルが何でも出来ると言っても、大それたことをするのならば相応の消耗をすることになる。それを補助するために、まずはその金槌を使う』

「ふむ、こんな古い金槌をなぁ」


 家から逃げる際、裸だった彼が唯一家から持ち出したのは、その時たまたま武器代わりに使った金槌だった。

 手の中で金槌をくるりと回し、軽く宙に放って再び柄をキャッチする。


『その金槌になるべくゆっくりとアマルを込めていってくれ。一気に消耗しすぎないようにアマルを抑えつつ操る練習だ。座ったり、楽な姿勢でやってくれていい』


 コウスケは頷くと金属の床に座り、あぐらをかいて拝むような格好で金槌を構えた。体が年寄りのままだったら腰が辛い姿勢だな、などという思考を追い払いつつ、金槌に意識を集中する。


『ミーリュ、彼の体内のアマル残量を見ていてくれ。消耗が早すぎるようだったら注意するように』

「は、はい……」


 ミーリュの魔眼に見守られながら、先程のように金槌にアマルを込める。


「は、早い、です! 早すぎ、もっとゆっくり……!」

「……こうか?」

「もっと、もっとです! そんなに出し過ぎたら、干乾びちゃいます……!」

「む、むぅ……思ったより難しいのう……」


 練習を初めてすぐは、コウスケはアマル操作の感覚がまったくわからず、ミーリュに注意されっぱなしだったが、数十分ほど悪戦苦闘してようやくコツが掴めてきた。


「よし……少しわかってきたぞ」

「まだまだムラがあって下手っぴですけど……この調子なら、すぐにすっからかんには、ならない、と思います……」

『それでも十分だ。そのまま、練習を続けながら話を聞いてくれ』

「話? なんじゃ?」


 言われた通り、コウスケは金槌にアマルを込めるのは止めず、ドローンを見やる。


『体内のアマルを外に放出したり、物に付与するというのは、本当ならすぐに出来ることではない。少なくとも、さっきアマルの存在を知ったばかりの君には難しいことのはずだ』

「じゃが、すぐに出来たぞ?」

『おそらく、コウスケがその道具を使い慣れていたからではないかと思う。手足のように使い慣れた道具であれば、自分の体の延長線上のようにアマルを込めることが出来る』

「なるほど。確かに若い頃は毎日のように振るっておったからのう」

『素手で殴る時には、アマルは君の生身を補強するため余分に消耗する。だが、その金槌のような武器を使うことで、消耗を減らすことが出来るはずだ』

「武器……か」


 コウスケは金槌を遊ばせながら、右目を細めて何事かを考える。


『どうした?』

「……金槌は確かに武器として使われもするが、ワシは何かを作るための工作道具じゃと思っておる。さっきは咄嗟にこれで殴りかかったが、落ち着いて考えるとそういう使い方は間違っておる気がする」

『なるほど……』

「いやなに、老人のちょっとしたこだわりみたいなもんじゃが……」

『アマル能力には、こだわりや思い込みは大きな影響を持つ。おそらく君がそのまま金槌を武器として使っても大した威力は望めないだろう』

「そいつは困ったのう……」

『考えるな、信じて願え』


 天井を見上げて唸るコウスケに、アレックスははっきりとそう告げた。


『これはアマルを扱うものが知っておくべき唯一の教えだ。想像力に果てはなく、それを実現するアマルに不可能はない。それを忘れないように』

「……心得た」


 禅のような姿勢をじっと変えないまま、コウスケはそっと自分の胸元に目を向ける。


「そういえば気になっておったんじゃが、ワシはこのゲートがくっついたおかげでアマルが使えるようになったが、みんなはどこからアマルを得ているんじゃ?」

『我々も……アマルを扱えるモノは皆、ゲートを持っている』

「ふむ……?」


 アレックスの言葉に、コウスケは思わずミーリュを見つめると、彼女は視線から逃れるように両手で顔と体を隠して肩を縮める。


「や、やめ……恥ずかし……」

『君のように、目に見える穴が空いているわけではない。精神や魂と呼ばれる実体の無いものが、本来のアマルゲートだ。生物には世界の壁をすり抜けてアマルを引き出す力がある』

「ふむ、いかにも異世界という感じじゃなぁ」

『いや、コウスケの世界の生物は他の世界に比べて少ないようだが、それでもまったくアマルを生み出していないわけではない』

「そんなものは感じたことはないが……自分で装置を作っても、そのエネルギー源は真空だと思っておったくらいじゃからな」

『そんな状況でその装置……あえて呼ぶなら模造アマルゲートだが、作れるというのが驚異的だ』

「ま、天才というやつでな、かかか」

「……天才さん、また出しすぎて、ます」

「おう」

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