所変われば品変わる
アレックスとの対面後、コウスケはいくつか検査を受けていた。採血や採尿を受けた後、CTスキャンのように装置の中に入って非接触的な検査も行う。
一通りの検査を終え、入院着のような簡素な貫頭衣を着たコウスケが休憩していると、不思議な色のジュースをアレックスのドローンが運んできた。
『お疲れ様』
「ああ、ありがたい」
喉が渇いていたコウスケは受け取ったそれを躊躇わずに一口。初めての味覚に首を傾げながらもそのまま飲み続ける。
「人間ドッグみたいじゃな。異世界の技術といってもそうそう変わらんもんか。医者の見た目を除けば」
『異世界と一口に言っても、まったく別次元としか言いようがないものもあれば、パラレルワールドと呼ばれるような同源の平行世界も存在する。君の世界は、我々の出身世界とかなり近縁みたいだ』
「世界としては似ている、ということか。それでも住民はこんなに違うんじゃな。なんともバラエティ豊かなもんじゃ」
今までに船内で見かけた人間たちは、アレックスのような樹木人、犬人間の他にも、肌の色がまったく違ったり、多種多様の形態を持っていた。
『俺と同じ世界出身のクルーはそう多くない。この船には十を超える世界から様々な異世界人が集まっているんだ。我々や君の世界とはまったく異なる性質の異世界から来た者のほうが多い』
「ところで……悠長にこんなことをやっておって大丈夫なんじゃろうか? 急いで焦錆獣を倒さねばならんようなことを言っておったと思うんじゃが」
『時間が経過していくほどに焦錆獣も増えていく。サラの回復次第、すぐに戻ることになる。だがその前に……』
「あ、あの、お話中に失礼します」
彼らのテーブルにやってきたのは、萎縮した様子の女性だった。
その女性は見た目はほぼ地球人と変わらない容姿だったが、耳が長く飛び出ており、その先端や指先などの末端部に赤い鱗らしきものが付いていた。
彼女は常にうつむきがちで、長い前髪と相まって目がほとんど見えなかったが、ちらっとだけ見えた目は、爬虫類のような縦長の虹彩を持ったオレンジ色の瞳だ。
白を貴重とした長衣を纏っているが、それはどうやら白衣のようなものだと、コウスケの検査にあたった他の異世界人たちも同じ格好だったことから推測する。
『彼女はミーリュ。ご覧の通り、コウスケとかなり近い人種だ』
「あ、あの、よろしく、おねがいします」
「ああ、よろしくのう」
「いくつか、け、検査結果が出たので報告に……」
「その前に一つ聞いて良いかの?」
「ひゃ、ひゃい!? ななななんですか!? なにか失礼なことしてしまいましたか!?」
「そうではなくてじゃな、サラの様子が気になってのう。結構ひどい怪我だったと思うんじゃが、その後どうじゃ?」
「あ……えと、傷は深かったですけど、治癒術が間に合ったのであと二時間ほどで完治します」
「ほう、早く良くなるようじゃったら良かった。それもアマルを使った技術とやらかの」
「は、はい」
ミーリュは手に持っていた小さな宝石のような、六面体の結晶をテーブルに置いた。
すると、結晶から空中に映像が放たれる。ホログラフとして映し出されたのは、コウスケには意味のよくわからない文字らしき模様の羅列。そして、人体内部を表現した立体映像だ。
「ええと……ですね、簡単に言うと、コウスケさんの生命活動はアマルゲートから供給され続けているアマルが補っています」
「お、おう……どういうことじゃ?」
立体映像の人体には、胸のあたりに大きなくぼみがあり、それは各種内臓まで達していた。
「胸に大きなリング状の装置と穴があって、肺や胃などの内臓が欠けているはずなのに、それらは普通に動いて機能しています……アマルがすべての機能を代替している……んだと思います」
コウスケは説明を聞きつつジュースを飲み干し、その空のコップを見下ろして首をかしげる。
「今こうして飲食ができるのも、アマルのおかげということかのう」
「は、はい……胃の穴から溢れたりしてない、ですし、ね……?」
ミーリュの言葉に、コウスケはその様子を想像して思わず顔を顰める。
『ひとまずコウスケの肉体と、そのゲートは安定しているらしい。ただ、巻き込んだ俺の言えたことではないが、焦錆獣のことは他のクルーに任せてもらいたい』
「なぜじゃ?」
『君の体はゲートが供給する大量のアマルのおかげで生き延びている。その供給量を越えて消耗してしまうと、生命活動そのものに支障がでるはずだ』
「……せっかく助かった命、そうそう無駄には出来んな」
コウスケは自分に言い聞かせるようにそう呟いたが、まだ迷うように腕を組んで何かを考え込む。
「なあ、最初に焦錆獣はワシの作った装置から現れたんじゃが、やはりあれはワシが呼び出してしまったのか?」
『焦錆獣は以前から、君の世界を狙っていた。ただ、世界の壁は強固で簡単に破ることは出来ないから、入り込もうとしている段階のはずだった』
「ら、卵子に群がる精子みたいな感じ、ですね……」
ミーリュがはにかみながらそういうと、コウスケはアレックスにそっち近づいて囁く。
「この嬢ちゃん……オドオドしてるようで結構言うことがエグいのう……」
『そうか? 話としてはわかりやすいと思うが』
「どうか、し、しましたか……?」
「いや、なんでもないんじゃ……」
コウスケは感覚の違いに戸惑いつつ、小さく首を振る。
『ともあれ、危険ではあるが緊急性は無いと判断して我々は君の世界を監視だけに留めて、もっと他に急いで救うべき世界にクルーを派遣していた。しかし、外側からはまだ破られないと思っていた壁に、内側から穴が開けられた』
「それが、ワシの装置か」
得心して頷いたコウスケを慮るようにアレックスは言葉を続ける。
『言っておくが、君一人の責任ではない。我々が先に焦錆獣へ対処できていれば防げた事態だ』
「そうは言うが……」
『アマルは人の精神、願望に反応してそれを実現する。コウスケ、君の体はアマルによって生かされている。それは君が生き延びたいと強く願った結果だ。それを無駄にはしたくない』
「生きることに執着しているわけではないんじゃよ。ただ、ワシにはやらなければいけないことが……未練が」
『Beeeee――!』
「な、なんじゃあ!?」
突然ドローンから甲高い電子音が鳴り響き、コウスケは思わず飛び上がった。
「心臓がひっくり返るかと思ったわい」
「半欠け、だから、ひっくり返しやすそうです、ね」
「そ、そうじゃな……で、なにがあったんじゃ?」
『君の世界の焦錆獣、どうも通常よりも遥かに速いスピードで増殖しているようだ。次の段階への進化がすでに始まったらしい』
「進化? すると、どうなるんじゃ?」
『世界への侵食スピード、増殖がさらに速くなる。このままでは、サラが復帰しても彼一人では対抗しきれなくなる』
「ならば、四の五の言っておる場合ではないな。ワシも手伝うとしよう」
アレックスはそこで少しだけ間を開けて、コウスケにドローンのカメラを向け、俯くように傾けた。
『すまない、事情が変わった。君の力を貸して欲しい』
「なあに、ワシもこのまま任せきりは気分が悪かったところじゃ。自分のケツは自分で拭かんとな」
コウスケは右目を細め、ニヤリと笑みを浮かべる。そんなおどけた態度にアレックスは苦笑する。
『……わかった。ではサラの治療が終わるまでに、アマルの扱いを覚えてもらおう』
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