世界を渡る者たち

 真っ暗な林の中にいたはずが、光に包まれたかと思うと、突如として見覚えのない場所に立っていたことにコウスケは目をしばたかせる。


「こ、ここは……?」


 そこは、金属光沢を持った円筒形の狭い小部屋としか表現できない場所だった。


『転移成功! 二名の回収を確認! 医療班、すぐに準備を!』


 その小部屋のすぐ外らしき場所から、そんな声が聞こえてくる。

 すると、小部屋にあった扉らしきものが開き、コウスケの見知らぬ人物が二人現れた。


「な、なんじゃ!?」


 しかも、入ってきた人物の片方は到底普通の人間とは呼べない容姿をしており、思わずコウスケは声を上げて驚く。

 犬人間、というのがコウスケの感想だった。首から上はまるっきり犬そのもの。首から下は服を身に着けた人間だが、手は毛むくじゃらだ。

 二人は言葉を失ったコウスケには頓着せず、うずくまったままいつのまにか意識を失っていたサラを、持ってきた担架に乗せて小部屋から運び出した。

 彼らを追って小部屋を出ると、そこは同じような円筒形の装置がいくつも並んだ大きな部屋だった。


『コウスケ、こっちだ』


 ドローンが、飛んでいくのに付いて円筒の並んだ部屋を出る。

 廊下は緩やかなカーブを描きながら長く続いており、壁や天井は金属製、ところどころに見える扉も普通の家屋にあるようなノブの付いたドアではなく、すべて金属製の自動ドアらしきものだった。

 軍艦などの内部にも似ているが、コウスケから見てそれよりも適切な言葉は、


「なんともはや……SF映画の世界じゃな」


 作り物かと思えそうな現実離れした光景の中を、すっぽんぽんのまま歩くという自分のおかしさには頓着せず、コウスケは思ったことをそのまま口にする。


「先程の転移というのも、まったく驚きじゃわい」

『あれもアマルを使った技術の一つだ』

「ふむ……なんとなく使えてしまったが、アマルとは一体なんじゃ?」

『すぐに説明するのは難しいが……簡単にいえば、非科学的なスーパーパワーだ』

「……つまり、考えるだけ無駄ということじゃな?」

『飲み込みが早いな。学者気質の人間には受け入れがたい話かと思っていたけど』

「ワシは学者ではなく技術者……というより職人じゃ。この装置だって、理論から組み立てたのではなく経験と勘で仕上げた所が大きい」


 コウスケは自分の胸に埋まったリングを指でなぞる。


「ワシの体はどうなったんじゃ?」

『おそらく、アマルがコウスケの強い思いに答えて、死にかけていた体を延命させたんだろう。それ以上のことは調べてみないとわからない』

「思い、とな?」

『アマルには、生物の思考や本能、願望などに反応してそれを実現してしまう性質を持っている。焦錆獣と戦うために使うのは、そうした力の一端だ』

「では、強く願えばさきほどの焦錆獣も消し去ってしまえるのかの?」

『焦錆獣の生存本能に打ち勝つほど強く願うことができれば。着いたよ、ここだ』


 ある扉の前でアレックスのドローンが止まりコウスケもその横に立つと、扉が自動的に開き始める。

 扉の隙間から漏れ出てきた部屋の空気を吸って、コウスケは首を傾げた。


「植物の匂い……?」


 それは確かに、屋敷の周りの林などで嗅ぎ慣れた草木の匂いだった。しかし、このSFテイストの強い風景には、あまり似つかわしくない。


『さあ、入って』

「あ、ああ……」


 先にドローンが部屋に入っていき、コウスケも後に続く。

 そして見えてきたのは、巨大な樹木だった。

 幹の直径だけで十メートル以上はある巨木が部屋の奥に鎮座していた。幹の下は床を突き抜けており、上はと言うと厚く茂った葉のせいで上端まで見通すことは出来ない。

 樹木の全容はわからなかったが、普通に考えれば樹齢千年単位と思われるような巨樹だ。日本であれば注連縄が巻かれていても違和感はない。

 そして、その巨樹の周りには、複数種の機械が置かれており、様々なモニターや操作パネルなどが幹を囲んでいる。

 ドローンはそれらの装置のうち、幹のすぐそばに置かれた物の上に乗ると、アームで巨樹を指し示す。


『改めて自己紹介しよう。俺がアレックス。この船のメインオペレーターだ』

「……ん?」


 コウスケは部屋の中を見回すが、今この部屋には自分以外の人間は見当たらない。

 疑問符を浮かべながらも改めてドローンを見て、巨樹へ目を向け、そしてあることに思い至って口をあんぐりと開く。


「まさか……アレックス?」


 コウスケが巨樹を指差して問いかけると、アレックスは笑い声を上げた。


『ははは、やはり樹木人種を知らない人に自己紹介したときの反応は面白い。正解だ、コウスケ』


 そして、ただ巨大なだけの樹木に見えていた木の幹がぐにゃりと歪んで穴をあけると、中から人の上半身の形をした枝のようなものが伸びてきた。

 その上半身は、普通の人のように表情を浮かべ、コウスケに手を差し出す。


「この木全体が俺なんだが、こちらのほうが話しやすいだろう。よろしく、コウスケ」


 その話し声は、まさにさっきまで通信で聞こえていたものと同じだった。

 コウスケは戸惑いがまだあったものの、なんとか手を握り返す。やはりその感触は樹木そのものである。


「よ、よろしく」


 コウスケは樹木人種という言葉から、まさにアレックスが木そのものでありながら人でもある存在だということを、なんとか理解する。

 それと同時に、先程見かけた犬人間のことも思い出した。


「さっき船といったか? つまり、ここに居るのはみな宇宙人……宇宙船でやってきた地球外生命体というやつかの?」

「いや、我々は宇宙人ではない。だが、もちろんこの星に元々いる生物というわけでもない」

「どういうことじゃ?」

「我々は、異世界からやってきた異世界人だ」


 アレックスの背後、ただの壁と思われていたものが上下に別れて開き、そこから外の景色が見えてくる。

 そこに広がるのは真っ暗闇の宇宙と星々、そして青い地球という景色だ。

 今いるのが宇宙空間であるならば、ここは宇宙船の中なのではないかとコウスケが考えた矢先、その景色が歪み、虹色の光りに包まれた。

 そして光が晴れた後には、さっきまで見えていたはずの宇宙ではなく、青い空が広がっていた。

 一瞬にして地上に移動したのかと視線を下に向けると、そこには地表も、海面も、なにもなかった。

 ただ、宇宙の代わりに空が広がり、そして巨大な岩塊らしきものが、いくつか、空中を漂っているのが見て取れた。


「なんじゃこれは……!?」

「ようこそ、世界を渡る船『ヴェイグラント』へ」

「……今日は驚くことばかりじゃのう」

「言うほど驚いているようには見えないが」

「こう見えて年寄りじゃからのう、今日はもう驚き疲れてしもうた」


 コウスケはそう右目を細めてくつくつと笑う。


「さて、一つ頼みたいことがある」

「なんじゃい急に改まって」

「まずはコウスケの体について調べさせてほしい。その後で、君の今後のこと、それと君の家で発生した焦錆獣について話そう」

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