ガオーと吠える、トンカン叩く

 廊下のつきあたりにある部屋のドアはすでに壊れており、薄暗い部屋の中に何かが蠢いているのが見えた。


「む……まずいぞ、あの部屋はワシのコレクション部屋! 荒らされておらんだろうな!」

「……コレクションって、もしかして、その……いやらしいやつとかじゃないよね?」

「なんじゃ興味があるのか? そんな顔してスケベじゃのう」

「そんなんじゃなくて! あと顔関係ないし!」

「じゃが違うぞい。あそこにあるのはいやらしくないほうの本とディスク、あとは鉱石や化石の類じゃ」


 部屋の前に立ち、サラはごくりと喉を鳴らした。

 彼の緊張を知ってか知らずか、コウスケは無造作に入り口横にある電灯のスイッチを押す。

 部屋の奥でもぞもぞと蠢いていたのは確かに焦錆獣だったが、それはゴキブリやヒトのような生物の形をしていなかった。液体のように蠢き、しかもその体積は先刻までのものよりも、誰が見てもわかるほど巨大だ。


「もうこんなに成長してる!? 早すぎるよ!」


 焦錆獣はいまもなお成長しており、部屋いっぱいに広がるのも時間の問題だった。

 壁際に置かれた棚が大質量に押されて倒れ、中にあった物ごと錆色の水たまりに沈んでいく。


「あの棚は化石か! 貴重なものもあるというのに!」

「そんなこと言っても通じないよ……」

「ぬんっ!」


 コウスケは部屋の入口近くまで広がってきた錆水を、光をまとった足で踏みつける。バシャッと音を立てて錆色が吹き飛ぶが、それはほんの一部だけで、焦錆獣そのものは変わらず増殖を続けていく。


「効いてない!?」

「いや、まったく効いていないわけではない。大きすぎるだけじゃ」


 水たまりの中から、細い槍のようなものが突き出してくるのを、今度は手にアマルをまとわせて殴り返す。


「このまま削る!」

「ま、待った! それは無茶だよ!」


 コウスケは制止を聞かず、手足を振り回して焦錆獣を蹴散らしながら部屋に踏み込んでいく。


「ふっ、ぬっ、おら! はっはっは、これだけ暴れても体力が続くというのは気分がええのう!」


 だが、数歩ほど進んだあたりで突然、コウスケは膝をついて止まってしまう。


「ぐ……なん、じゃ、苦しく……っ」


 頭痛と同時に胸の苦しさを覚える。

 彼の胸の光も、いつのまにか弱まっていた。

 頭を押さえて蹲る彼に向けて、再び錆槍が伸びる。それは彼に突き刺さる前に、サラの蹴りに叩き折られた。


「やっぱり、言わんこっちゃない!」


 コウスケの体を抱えて廊下へと逃れるサラ。廊下にそっとコウスケを座らせてほっと一息吐く。


「あんなに出鱈目にアマルを放出してたらすぐに限界が来ちゃうよ」


 二人が離れると、焦錆獣の動きが一瞬止まり、そしてある形へとまとまっていく。


「あれは……まさか!」


 出来上がっていくその形に、コウスケが驚きの声をあげた。

 爬虫類のように突き出した口に鋭い歯が並び、太い首としっぽ、小さな前足と比べて太く大きな後ろ足には鳥のような鉤爪。


「き、恐竜!?」

「間違いない、アロサウルスじゃ!」

「GGGGGGgggaAOOooeAAAAAEEEEEIIII――!!!!」


 錆色の恐竜は、無調整の金管楽器を出鱈目に吹き鳴らしたような、金属的で不快な雄叫びを上げた。


「おお、色合いが残念じゃが動く恐竜が見られるとはのう。じゃが、あれは十メートル前後にはなるはず……」


 その体積は部屋の中にあった錆水から大きく変わっておらず、部屋の中に収まる程度の大きさだ。形だけは模倣しているものの、古の巨大生物そのものとまったく同じというわけではなかった。

 しかし、錆色恐竜は形を得てからもゆっくりと、徐々にその大きさを増し続けている。


『焦錆獣の大きさは取り込んだアマルの量次第だ。さらに巨大になる前に止めなければ、次の段階に進化してしまう』

「でも、あんな大きさになったらもうボクの力だけじゃ……」

「そうは言っても、なんとかせねばならんのじゃろう? ワシもまだまだイケる」


 頭痛が収まり立ち上がったコウスケは、サラの肩を軽く叩き、笑みを浮かべて見せる。サラはまだ不安そうな表情ではあったが、ぐっと口を引き結んで頷いた。

 錆色の恐竜は二人を振り返ると、口を大きく開いて頭から突進するように突っ込んでいった。

 左右に分かれるように飛び退いた二人のうち、恐竜は迷わずコウスケを追う。


「ほう、こっちをご指名か」


 コウスケは足を止めると、両手で恐竜の口の上下を掴み、恐竜の突進を真正面から受け止めた。

 恐竜は顎を閉じようとしながら頭をぐいぐいと強引に押し込んでいく。それに対してコウスケは一歩も引くこと無く踏ん張っていた。


「かかか! 恐竜と取っ組み合いの相撲が出来るとは思わなんだな!」


 しかし、問題なく競り合っていたのはほんの数秒、先ほどと同じようにコウスケは胸の苦しさを覚える。


「ぐぅっ……また……っ」

「こいつ!」


 完全に背を向けられた状態のサラが、廊下の天井すれすれまで飛び上がり、巨体の背に向けて飛び蹴りを放つ。だが、空中でいきなり横から尻尾に殴りつけられて壁に叩きつけられた。


「しま、がっ!?」


 サラの全身を覆う装甲が歪み、そのダメージの大部分を防いでくれたものの、それでも衝撃が全身を打つ。

 息が詰まり、動きの止まった彼をそのまま壁に抑えつけつつ、尻尾が細い槍を何本も枝分かれさせ、突き刺そうと襲った。


「ああああっ!?」


 装甲が槍を止め、火花が飛んだ。だが、左肩の関節部分の装甲の隙間に入った一本が、彼の生身に届いてしまう。


「あっ……がっ……!!」


 サラは涙を浮かべ、すっかり平静を失った様子でバタバタと足を振り回して暴れる。アマラをまとった蹴りも、宙を蹴るばかりでは意味がなかった。


『マズい……コウスケ、彼を助けてくれ! このドローンでは焦錆獣に対抗できない!』


 コウスケも床に膝が付くほどに押され、顎を掴む手が震えてくる。


「ぬぅん……!」


 コウスケは顎を押し返すのではなく、思い切り横へいなした。

 ぐらりと泳いだ錆恐竜の横へと回り込むと、頭痛に顔をしかめながら尻尾へ駆け寄る。


「ぬえりゃああ!」


 気合のゲンコツ一発。格闘技経験などコウスケが出鱈目に振り回した拳が当たり、太い尻尾の半分ほどが崩れる。それでも、サラの拘束は解くには至らない。

 振り返った錆恐竜の顎を避けて飛び退ると、すぐにえぐれた尻尾が元に戻ってしまった。

 コウスケが再び近づこうとしても、錆恐竜は牙を剥き、前足の爪を伸ばしてコウスケを威嚇してくる。


「警戒をしておるのか? さっきまではただ攻撃してくるだけじゃったのに、知能のようなものも成長して……」

「ああっ!! いぎ……っ!!」


 サラの苦悶の声を聞き、コウスケは悠長に相手を観察している場合ではないことに気付く。

 だが、同じように尻尾を殴るだけでは助けることはできない。

 コウスケは自分の手を見下ろす。そして手を包んではらはらときらめくアマルの光を見て、あることを思いつく。


「……試してみるかの」


 コウスケは恐竜から目をそらさずに、手の届くところにあった別の部屋のドアを開けると、すぐ近くに置かれていた物を掴み上げた。

 それは、年季の入った工具箱だった。

 蝶番の軋む蓋を開けると、中に入っていたのは少し刃の欠けたのこぎりや、錆の浮いたペンチなどの、しばらく使われていなかった工具類だ。


『それは……』

「何十年ぶりじゃな、こいつを開けるのは」


 その中から、コウスケは金槌を取り出した。

 手に馴染む木の柄をしっかりと握ると、彼は意識を集中するように目を閉じる。


「ふ……ぬっ!」


 そして、歯を食いしばって胸の苦しさを堪えつつ、自分のアマルを操作する。するとアマルの光は金槌へと流れ、全体が光をまとった。


「やはり、アマルは物を通して使うことも出来るんじゃな」


 サラの蹴りが素足ではなく、装甲越しでも焦錆獣に効いていたのを見て気付いたことだった。


「せい!」


 コウスケは金槌を振りかぶり、錆恐竜に駆け寄ると噛みつかれる前にその頭を殴りつけた。

 アマルをまとった金槌の一撃で、恐竜の頭が砕け飛んだ。それでも、完全に倒すには及ばない。

 頭が欠けたまま伸びた前足で攻撃してくるのを横に躱し、再び尻尾へと殴りかかる。


「ぬえりゃあ!」


 大上段から叩きつけた金槌で尻尾を叩き折ることに成功する。

 拘束が解けて落ちてきたサラの体を受け止めると、コウスケは錆恐竜とは反対方向へ走り、窓ガラスを体当たりで割り砕いた。

 家の外へ飛び出すと、サラに肩を貸して振り返らずに家から離れていく。

 コウスケの家の周囲は、他に家屋のない雑木林だった。月明かりもほとんど刺さず暗い夜の林を、息を切らせた二人が歩いていく。


「ぐ、ぅ……」


 不意に、サラが左肩を抑えてうずくまった。刺さっていた錆槍は本体から離れたことで消えていたが、そのせいで今度は出血が酷くなっていた。


『マズイな。一旦、回収する』

「で、でも……」

『サラがその状態じゃ、あの焦錆獣を踏み消すのは難しい。まずは治療だ』

「ヘリかなにかで退避するんかの?」

「いや、転移させる。コウスケ、どこでもいいからサラに触っていてくれ」

「こうか? しかし、転移というのは……」


 サラの右腕に触れたコウスケが疑問の言葉を言い終わる前に、二人の体を光が包みはじめる。

 光はみるみる強くなっていき、ばしっと小さな破裂音と共に雷光が走り、次の瞬間には光とともに二人とドローンの姿は林の中から消え去っていた。


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