新たに見えてくるもの
白衣があっというまに赤く染まっていく。
「くっ……!」
苦々しい表情を浮かべながら、サラはコウスケの背後に立つ焦錆獣へと再び蹴りを叩き込んだ。
だが、焦錆獣は今度は吹き飛ばされずに体を折り曲げるようにして蹴り足を受け止めた。そのまま体をぐにゃりと歪ませ、足を噛むように固定してから刃を振り下ろす。
「しゃらくさいっての!」
サラは固定された足を軸に、もう一本の足を振り上げ、さっきよりも強烈な光をまとった脚で刃ごと焦錆獣を蹴り抜いた。
「天焼烈震!」
光は強烈な爆発を伴い、焦錆獣は上半身がまるまる削られたように消し飛んだ。
一瞬後、残った下半身もさらさらと砂のように崩れ、そしてそのまま消えていく。
床にコウスケがつくった装置が転がる。その輪の中には、まだ赤黒い粒子が少し残っていた。
『まだゲートの反応は残っている。破壊するんだ』
「了解……って、ちょっと!?」
ドローンからの通信を受けて、サラが装置を踏み潰そうとしたところ、足元に血と油に汚れた手が伸びてきた。
即死かと思われたコウスケが、自分の血の池を這いずり、装置をかばうように体を投げ出す。
「だ、ダメじゃ……この装置は……」
「どうしてそこまで……!?」
「これが完成すれば……新たなエネルギー源となって、解決するはずなんじゃ……環境破壊も……貧困も……これさえ、あれば!」
「そんな夢みたいな装置じゃないんだよ、それは!」
サラは否定するために叫ぶが、老人の耳にはすでに届いていなかった。
「まだ……まだじゃ……」
ぶつぶつと呟き続ける彼の命がもう間もなく尽きることは、サラの目にも明らかだった。
しかし、それでも諦めないというように、コウスケは目をかっと見開く。
「まだ、死ねん……ワシが世界を、救って……!」
その時、装置の出す赤黒い粒子が、最初に出てきたのと似た虹色に発光する粒子へと変わる。
粒子は再び、輪の中から溢れんばかりに増殖を始める。
「な、なに!?」
『出力が急上昇している! はやく破壊するんだ!』
だがサラが手を伸ばすより早く、溢れ出した光の粒子が老人ごと包み込んでしまう。
光は膨れ上がり、繭のような球を形作る。その光の繭を中心に強烈な風が巻き起こり、部屋の中の物を吹き飛ばし、サラの身も壁に叩きつけられた。
「うっぐ……っ!?」
風は数秒ほどで収まり、サラは呼吸を整えてから様子をうかがう。
蛍光灯が割れ薄暗い部屋の中央あたり、目が闇に慣れると裸の男で倒れているのが見えた。
「お爺さん……?」
だが、近づいて見て、彼の姿にサラは違和感を覚える。
うつ伏せで顔は見えないが、どうもその体は老人とは思えないほどハリのある若々しい肌に、背中には焦錆獣に貫かれたものと思しき傷があったが、それはまるで古傷のようにすっかり塞がっていた。
サラが青年の首筋に触れると、ドクンドクンと力強い脈拍が感じ取れた。
「生きてる……」
唾を飲み、サラはいまだ動かない男の体を仰向けに転がす。
その顔は青年と言っても良い年頃まで若返っていた。
そして、背中から貫通したはずの胸の傷は無く、代わりに、金属製のリングが胸に収まり、その中は淡く光る粒子が満ちていた。
『まさか、融合しているのか!? こちらのデータでは、ゲートは稼働状態のままだぞ』
「アマルが穴を塞いでる……?」
部屋の中を見回してみても彼がかばっていた装置は見当たらない。
そっと光に触れると、まるでなにもないかのように指が入ってしまい、慌てて引っ込める。
「……どうする?」
サラの問いかけへの返答は、少しの間があった。
『んんん……ゲートを止めるとどうなるかわからない。原住民の命を奪うわけには……』
「……う、ぐぬ」
サラがどうしたものかと思案しているうちに、コウスケが意識を取り戻した。
「お爺、さん? 大丈夫?」
「むぅ……なんじゃ、ワシは生きておる……の、か?」
自分の体を見下ろしたコウスケは、そこで動きを止め、それから腕や足、胸の装置を触って確かめる。
「どうなっとるんじゃ!?」
彼の疑問に答えられるわけでもなく、肩を竦めるサラ。
その時、廊下で何かがガサリと音を立てるのを、コウスケとサラははっきりと聞いた。
二人がゆっくり振り返ると、ちょうど部屋に錆色の物体が入ってくるところだった。
暗がりの中ですぐにその形はわからなかったが、小さな足をカサカサと細く動かすその様はまごうことなきゴキブリだった。しかし、そのサイズは普通のゴキブリの数十倍、体長一メートルを越えようかというものだ。
「ひゅっ……ご、ごき……っ!?」
口にするのも嫌だと言う様子で自分の口を塞ぐサラ。コウスケもさすがに右目を細めて顔を顰める。
『焦錆獣だ! サラ!』
「うっ、あ、あうっ……!」
立ち上がって挑むように構えを取るサラだったが、顔色は青く、膝は小刻みに震えていた。
『増殖を始める前に、早く! 踏み消せ<スタンプ>!』
「む……無理っ! あれは無理だって!」
『そんなこと言ってる場合じゃないだろう!?』
ドローンに背中を押されながらも涙目で踏ん張って拒絶するサラ。
彼は肩を不意に叩かれビクリと動きを止める。
「虫は苦手かの?」
「いやいやいや、あれは苦手とか言う問題じゃないでしょ!」
「しょうがないのう」
コウスケは首を回しながら、近くに落ちていた壊れたテーブルの脚を拾うと、無造作に虫型の焦錆獣に向かっていく。
「だ、ダメ!」
「潰しておかんといかんのじゃろう?」
だが、コウスケの振り下ろした木製のテーブルの脚は虫の背に当たると、少し食い込んだところでバキッと音を立てて折れてしまった。
「焦錆獣にはアマルを使った攻撃しか効かない! 逆に取り込まれるよ!」
サラの言葉を証明するように、虫の背に食い込んだ木がずぶずぶと錆の中に沈んでいく。
「おう……?」
自分の手の中の短くなった木を見ながら、首をかしげるコウスケ。
「逃げて!」
錆色のゴキブリは数本の足で立ち上がり、牙を伸ばして鋭いハサミのように変形させ、コウスケに向かって鋏牙を突き立てようと迫ってくる。
コウスケはとっさに後ろに飛び退いて躱す。だが、その勢いが強すぎて、数メートルほども飛び、彼は大きくたたらを踏んだ。
「おっとっと? 若返ったにしてもちょっと力が出すぎじゃのう?」
その時、ドローンが彼の傍に飛んできて、間近から胸の光をじっとカメラで映したかと思うと、
『……胸の光に意識を集中して、そこに何か感じることは出来ないか?』
「む?」
「アレックス!? なにを……」
『いいから、試してみてくれ!』
「よくわからんが……こうか?」
コウスケは自分の胸に空いた大穴の光に右手を添えると、気息を整える。
「……これは」
『力を感じたならそれを自分の体に広げるようにイメージするんだ』
言われた通りにイメージを思い描くと、胸の光がじわりと広がり、手足の先まで広がっていった。
「熱い……それに体の隅々まで意識が鮮明に広がるような」
『やはり、その状態なら焦錆獣を素手で倒せるはずだ!』
「ほ、本当に大丈夫かのう? さっきは木の棒があっさり折れてしもうたが」
『今の君の肉体は強いアマルが込められている! いけるはずだ!』
「ひえっ!? き、来た! 来たよ!」
そんな話をしている間にも巨大ゴキブリはカサカサと彼らに近づいてきていた。
伸ばした鋭い顎で襲いかかってくるのを、コウスケは言われた通り素手で払うように殴りつける。
「ふんっ!」
拳の触れた場所から光が弾け、ゴキブリの頭部が粉々に砕けた。
「おおう、なんともあっさりと」
コウスケは呆然と立ち尽くすサラに、にっと口の端を吊り上げた笑みで親指を立てて見せる。
「なんだかわからんがイケそうじゃな!」
だが、頭を失ったゴキブリが、まだ残る体だけで動こうとすると、それに気付いたコウスケが勢いよく踏みつけた。
「よくわからん力が手足まで巡っておるのも感じ取れる」
アマルを帯びた足に踏み潰された焦錆獣は粒子化して形を失い、後には先程取り込まれた木片の他、空き缶などのゴミがいくつかが残る。その中にはゴキブリの死骸も混じっていた。
「踏み消せ<スタンプ>! じゃったかな?」
『あ、ああ……それは符号で、実際は足で踏み潰す必要はない』
「なんなんじゃこいつらは?」
『我々は焦錆獣と呼んでいる。近くにいる生物を殺して取り込み、模倣するけれど焦錆獣自体は本当は生き物ではない。あくまで形を真似てるだけで、兵器の一種だ』
「生物兵器というやつかのう」
部屋の外、屋敷の他の場所からガサガサ、ガタガタと何かが動く音が聞こえてくる。それも複数が屋敷のあちこちに散らばっているようだった。
『結構な大きさのお屋敷のようだけど、家族は?』
「おらん、住んでおるのはワシ一人じゃ」
「うぅぅっ、またゴキブリかな……でも、やるしかない!」
パシッと自分の顔を両手で叩き、サラは部屋を飛び出した。それをコウスケも追いかけていく。
「かっかっか、驚くほど体が軽いのう。これも変な力のおかげか」
「な、なんでついてくるの!?」
「ワシも手を貸したほうがええじゃろう?」
「ボク一人で十分だよ!」
サラはそう豪語するが、通信が待ったをかけてくる。
『サラ、彼にも手伝ってもらったほうがいい』
「でもアマルゲートを作るような人の手を借りるなんて……!」
『焦錆獣の反応はあと三つ、それぞれ離れている。さっきみたいに虫型の相手でも素早く踏み消すことが出来るか?』
「う、ぐ……はぁ……わかりました」
サラはまだ少し不満そうな顔だったが、小さく溜め息を吐いて頷いた。
「協力するのなら、まずは名乗るべきかのう。ワシの名は江南知コウスケじゃ」
「ボクはサラ。サラ・ヴォルプ」
『俺はアレックス。戦うことは出来ないので、ドローンでサポートする』
「うむ、よろしくのう」
『早速だが一匹、反応が近い。その先の部屋だ』
コウスケとサラは顔を見合わせると、覚悟を決めるように互いに頷いた。
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