焦げ付く思い

 土煙の向こうから抱えるほどの大きさのドローンが飛んできて、彼の目の前に静止する。プロペラは見当たらず、音も静かで、どのような原理で浮いているのか見当もつかない。


「ごほっ、げほっ……」


 続いて現れたのは大昔の鎧甲冑のような金属らしき装甲に包まれた人間だった。

 パタパタと手で土煙を払い、頭に乗った破片を振り落とすと、長い金髪がさらさらと揺れる。

 すっと通った鼻筋は外国人のようだったが、背格好からして年は十代ほどかと、コウスケはあたりをつける。


「ええと……お爺さん、こちらへ来てもらえますか?」

「な、なんじゃ……どこから現れた嬢ちゃん?」

「嬢ちゃんじゃない! ボクは男だ!」


 差し出しかけた手を引っ込めて激昂する少年。


「まったくもう! どこの世界に行ってもみんな勘違いするのはなんでなの!」


 世界とは奇妙な言い回しだと思いつつ、相手の顔をよくよく眺める。ボケて曖昧になっているのでなければ、こんな年頃の外国人の少年に知り合いはいない。

 つまり、珍妙な格好の見ず知らずの他人が、玄関を壊して入ってきたというか現れたことになるのだが、


「ワシが正気ではないせいで見ている幻覚という可能性も」

「幻覚じゃないよ」


 独り言のつもりだった言葉にそう返され、コウスケは少し思考を巡らせる。


「幻覚でないなら、器物破損と不法侵入の現行犯ということかのう。今までにも命を狙われたことはあったが、爆破されたのは初めてじゃ」

「……お爺さん、どんな人生送ってきたの?」

「警察に通報してもええかの?」

「いやいやいや、今は緊急事態でこんな話をしている間にもこの世界の危機が……」

「世界の危機……? 危険そうなもんなら、心当たりはあるが」


 彼が振り返って指差した先、のそのそとゆっくりした動きであるが、錆人形が部屋を出て廊下に姿を表したところだった。


「あれのことかのぅ」


 途端、少年は眉間に皺を寄せて、それを睨んだ。


「焦錆獣を発見! もうカテゴリーⅡに変成してる……!」

『カテゴリーⅡ確認! “踏み消せ<スタンプ>”!』

「行くよっ!」


 少年は屋内に鋭く踏み込むと老体を軽々と飛び越え、錆人形……焦錆獣へ飛びかかっていった。

 頭上を通り過ぎていく少年の行動と跳躍力に驚きつつ、コウスケはとっさに警告する。


「腕に気をつけなさい!」


 少年の接近に気づいたのか、焦錆獣は刃と化した腕を振るう。

 だが、それは少年の身を覆う装甲に届くことすらなかった。少年の手前、空中に現れた光の粒子に阻まれ、がちりと硬質な音が鳴り響く。

 少年は焦錆獣の目前へ迫ると、右の膝を高く振り上げる。右足を覆うブーツが光の粒子を纏い、その粒子ごと鋭い蹴りが繰り出される。


「ハッ!!」


 気合の声と共に突き刺さった蹴りが当たった瞬間、バンと小さな爆音が響いた。焦錆獣は吹っ飛び、部屋の奥へと転がっていく。

 焦錆獣はそのままの勢いで木製のテーブルを叩き割り、ソファをなぎ倒したうえ逆の壁に突き刺さってようやく止まった。

 コウスケは這うようにやってきて部屋を覗き込むと、はーと大きく息を吐く。


「ナイスキックじゃな」

「ありがと。ところで、アマルゲートはどこ?」

「あま……なんじゃ?」


 コウスケはまったく覚えのない言葉に首を捻る。

 ドローンが隣にやってきて、少年にそっと耳打ちする。


『サラ、この世界でその言葉は通じない。わかりやすいように説明するんだ』

「あー……うーん、あの黒いヤツを呼び出した装置があるはずなんだけど、わかる?」

「ああ、それなら」


 と、答えようとしたコウスケが動きを止める。


「あんた一体、何者じゃ? どうしてあの装置のことを知ってる?」

「それは……詳しくは話してもわからないと思うけど、ボクはそれを破壊しに来たんだ」

「くっ、やはりか……!」


 少年の返答に、コウスケは急に立ち上がると、焦錆獣を庇うように立ちふさがった。


「よもやこんな少年にまで破壊工作をさせるとは、そうまでして自分たちの権益を守りたいか!?」

「……え? ちょっと、お爺さん?」


 今度はサラと呼ばれる少年のほうが困惑する番だった。


「急にどうしちゃったの」

「あの装置はワシが生涯をかけて作りあげたものじゃ! それを壊させたりするものか!」

「なっ……あなたがゲートを作ったの!?」


 サラはコウスケに詰め寄り、噛みつかんばかりの勢いで怒鳴る。


「あれがどれだけの危険をこの世界にもたらすものかわかっていないの!?」

「危険? フンッ、確かにお前達にとっては危険だろうさ。これが実用化出来ればワシの目的が成就するんじゃからな!」

「こんなものを使って、一体なにを企むっていうのさ! 世界でも支配しようっての!?」

「支配しているのはお前たちのほうじゃろうが!」

「はーぁ!? わけわかんな――」

『サラ!? 焦錆獣はまだ動いてるぞ!』


 通信で聞こえてきた警告は、しかし遅かった。

 サラと言い争っていたコウスケの胸から赤黒い刃が飛び出す。


「お爺さん!」

「ご、は……」


 刃が背に引っ込むと、コウスケは口から血の泡をこぼしながら膝を折った。

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