第3話 空の海底
目が見えるようになった頃には誰もいなかった。
余りにも静かで、音が一切無くなったようだった。
ワダツミの住まう園寝(えんしん)もなく、美しい鉱石も海面からの光もない。
眠りながら波にさらわれたのだろうと、住んでいた泉のある方を目指すが記憶がない。
「…」
記憶がない、あった事は覚えているのに覚えていないという矛盾に悩まされる。
求めていた住んでいた泉が無いと気付くまで、ぼくは沢山海の中を泳ぎ回った。
痛みはない、心が痛い。
熱さはない、焦ってのぼせる。
誰もいない、そんなはずはない。
海面へ飛び出した。
空は、空がない。あるけど、化石になっていた。雲も、風が失われた空。
土が砂煙になって、草木は透明に枯れて、そのただなかに白く大きな扉があった。
閉ざされて二度と開くことの無い扉。
似たような扉をぼくは二度見たことがある。
それは世界が更新される時に現れる扉。
あれをくぐらないと先に、未来に行けない。
「あ…ぁ…」
ぼくは理解に至るより早く空を泳いだ。
間に合わなかったと認める前に体は動いていた。
「どうして、どうして?」
扉は土と共に砂粒になって消えていく。
「なんで、どうして!ワダツミ!!」
扉はぼくの最後の叫びで砕け、触れる前に全て消えてしまった。
-----貴方はもう間に合わない
助けた美しい首長竜のメルが言った言葉を思い出す。
「…間に合わない」
どこから、いつから。ぼくの間に合わなさは始まっていたのだろうか。メルが赤い境界に近づいた時から?ぼくが泉で居眠りしていたから?
ぼくがメルを助けたから?
原因を見つけられないから否定も肯定も出来ない、違うと思いたい幻と消えてしまう現実。
ぼくは何も無い空っぽの海底へ力なく落ちて沈んだ。
置いていかれ続ける時間、寂しさは暗い水を飲む度に感じてしまう。
ぼくは何も出来ない。傷を貰い自分の傷付いてない部分を渡すことしかできない。ぼくの傷は誰も貰ってくれない。
誰も代わってくれない。
悲しみと沈む体が深く深く落ちていく。
せめて夢の中へ、
ぼくが神様と呼ばれる前のお話。
世界の更新のはてに 黒麒白麟 @arinna
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