第2話 献身の記憶と孤独

傷移植


それは、自分の正常な部分と相手の傷を交換する事。

それは、時に生きる力を分け与える。

それは、究極へ至ると寿命を死と寿命を交換する時移植になる。


ぼくは死の起源が無い存在だった。

そして自分の体に穢れや怪我を移す事で、相手の傷を癒すことが出来る。

死の概念はあるから認知することは出来る。

ただ、生まれてもいないから起源に死は無かった。

ぼくは、ただそこに在った。ただ在るだけの存在で海底に沈む石と変わらない。


ワダツミがぼくを見つけて名前をくれたから、動く事が出来た。世界を視る事が出来るようになった。だから、ワダツミはぼくの恩人。深い海の底から沢山の心(せかい)を見せてくれた、大切な存在。


メル・レイア

ワダツミの娘、美しい首長竜。

ぼくは、彼女に触れた所からまず熱を引き取った。身体を溶かす熱、痛みを伴い意識を無くそうとしてくる。

まだ大丈夫、一呼吸置いて溶けだしてる皮膚に口をつける。ぶよりとしたそれは原型を留めれないモノになっている。


可哀想に、何故こんな事になったのだろう。


ぼくのからだは彼女の傷を吸い出し、丈夫で生き生きとした皮膚を差し出す。

次は赤黒くなった目玉とよく見えるぼくの目を交換した。無くなった体力と気力をもらい、元気を渡した。

「ありがとう×××、ありがとう…」

元気になったメルは耳元でぼくにそう言ってくれた。

「もう、貴方は間に合わない」

「え?」


泳ぎ去る泡の音を聞きながら、ぼくは言われたことが分からずに呆然と立ち尽くした。

多分、立っている。

分からない、溶けた体は今はぼくのもの。

痛みも、熱さも、毒も。

毒…?

混乱と、移植した事によって痛覚を抑える眠りに襲われてぼくは目を閉じる。あぁ、閉じる目は無かったんだっけ。


「×××、ありがとう。君はこのままここで休んでいてくれ。私は海の穢れをなんとかする」

ワダツミの声だ。

穢れをなんとかするって、どうなんとかするのだろうか。海のどのくらいまで広がっていて、そもそも赤の境界に彼女はなんの用事で行ったのか。

ワダツミに聞こうとしても喉も溶けて、伝えたい意志を震わせて声にも出来ない。

「世界の更新が間近に迫っている。次の世界こそは私の園が優位にならなければ」

それが最後に聞いたワダツミの言葉。

ぼくは溶けていく身体と意識に動く事も出来ずに、終わりを迎えることになる。


この世界は、幾度も終わりと始まりを繰り返す。

繰り返す度に新しくなる。

世界の更新と呼ばれる切り替わり。

次の世界へ行くには、1つしかない扉をくぐらなければならない。

新しい世界にする理由は、神々が最高の信仰心と恒久の平和へと至った大地を天に上げるため。そこは新たな神の苗床となる。

神とは自然、神とはあらゆる現象の総称、神以外は観測者であり、疑い、求め、信じるに至る限りある命。

1つの星の内側、内側へと世界が更新されて、古い世界は外側に行き時を経て崩壊へと至る。扉をくぐれず取り残されれば生きる事は出来ない。古い世界と共に崩れるのを待つしかない。

それが当たり前で、前世界も前前世界も見て通り過ぎてきた。

更新の扉をくぐれない条件を知らない。

扉を皆が通れない、そんな仕組みを多くの民達は知らない。


今回も当たり前のように生き残れる。

ワダツミ達と新しい海を、新しい景色を見る当然の未来を待っていた。


ぼくは、待っていた。

いつまでも、ずっと…。



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