第17話 銀の檻

皇国と王国のやり取りは続く。

テルミスの留学予定期間などとっくに超過している現在、5回目のテルミスの返還要求の国書が皇国に届いた。


皇国が要求を断るにつれて、国書の内容は過激になっていた。

今回のものは、テルミスの返還に応じない皇国に対して、これ以上拒むようならば戦争も辞さないと強い姿勢で書かれていた。


これに対し頭を抱えるのは皇国上層部だけでは無い。


テルミスもまた、この悪化の一途を辿る状況に苦悩していた。


自分が原因で長く良い付き合いをしていた王国と皇国が自分のせいで戦争になろうとしている。

自分が王国を導かねばならぬ立場にいる以上、この状況を何とかしなければならない。

しかし、ここは皇国。権限もなければ、衣食住全てを皇国に負担してもらっている以上、わがままを言うわけにはいかない。



どうすれば、と悩む彼に心を痛めているように見えるソフィア。

そんな彼女は言う、


「申し訳ありません、テルミス様。私達にできることはそこまで多くはなく…」


「いいえ、ソフィア殿のせいでは…」


そして彼女は去り際に告げる


「…そういえば今夜に王国の使者様が出立されるそうですね。城門の所に馬車が止まっているのを見かけました」


「荷物も多かったので誰か紛れ込んでも分からないかもしれません」



その言葉にハッとする。


逃げ出すような形になってしまうが、今夜のうちに外に出て王国の使者と合流できれば、王国に戻って事情を知り、対応することができる。


謝罪はそれからでも間に合うはずだ。


精神的に追い詰められていた彼に他の選択肢が思いつくはずもない。


たとえそれが誰かの手のひらの上だったとしても。






♢♢♢


その日の夜、日中に調べておいた経路を使って部屋出て、城を抜け出す。



おかしい、不自然なほど人がいない。


見回りのいない場所を通ってきているとはいえ、執事やメイドの人も見当たらない。


だが、チャンスだ。今のうちに行かねば。



しばらくして馬車と荷台を視認、御者人と交渉するため御者台に座る人の元に向かう。


「すまない、少しいいだろうか?」


「あ、はいなんでしょう?」


随分と高い声だ。暗いのと深くフードを被っているため分からないが女性なのかもしれない


「私は、ライズ王国第1王子テルミス=フォン=ライズだ。この馬車は王国へ向かうもので間違いないか?」


「お、王子様!は、はい王国へ向かいます!」


「すまないが荷台に隠れて王国へ向かってもらうことは可能だろうか?」


「えっと…それはどういう…?」


「すまない…あまり詳しくは話せないのだ。謝礼はする、頼めないだろうか」


「…えっと、あーはい、大丈夫です」


「本当か!?」


「あ、でも王子様を荷台に載せる訳には行かないので、ぜひ馬車に」


「しかし、それでは見つかってしまわないだろうか?」


「まぁまぁとにかく中へ、ここで長くいると見つかってしまいますよ?」


「…うむ、それもそうだな。すまない、頼む」


「いえいえ、任せてください。それに、」


テルミスが馬車のドアを開ける





「すでにもう準備は整っておりますので、♡」





その言葉と共に彼の頸部けいぶに衝撃が走る。

それは容易に彼の意識を刈り取り、



何が起こったか理解できないまま、テルミスは倒れた。




♢♢♢


「ん…ここは…」


テルミスはベッドの上で目を覚ます。


知らない天井、知らない部屋。窓はなく壁にはドアがひとつあるだけの小さな部屋。



身体を起こす、なんで僕はここに…


「何があったんだっけ…?」


混濁する記憶を整理していると不意に足音が響く


そして扉が開かれると、そこには御者台に座っていた人物が立っていた。


「お目覚めですか?」


混乱する自分とは異なりまるでこの状況がなんでもないことかのようにその人物は声をかけてくる。


「君は…御者の…。っ!あの後どうなった?ここはどこなんだ?」


「まぁまぁ落ち着いてくださいませ」


そういうとフードに手をかける


「まずは自己紹介をしなければと思いまして」


フードを外す

するとそこには皇国第1皇女ソフィア=デ=メストの姿があった。


「ソ、ソフィア殿!?一体どういうことですか?」


「混乱されるのも無理はないかと思われます。どこから説明したものでしょうか?…んーではここがどこであるか、からお話しますね」


ソフィアは嬉しそうに両手を合わせる


「ここはメスト皇国、皇宮の本来の私の私室、そのとある一室です」


「っ!ということは…」


「はい!残念ながら逃亡は失敗、連れ戻されてしまいました!そして、逃亡されてしまったとあっては我々も自由をお約束することはできません。そのため、婚約者でもある私がお世話も兼ねて、テルミス様の監視をすることになりました」


「ほんとうにここまで来るの、大変だったんですよ?」


「そ、それはどういう…?」


「テルミス様を国に返さないようにして、適度に国書の内容を伝えつつ少しずつ精神的に追い詰めていってからかなり煮詰まったところで召使いと兵士を少しだけ隠し、偽の馬車を用意してテルミス様を誘い出し、脱走の動かぬ証拠を手に入れたわけですが、特に国書の内容を入手したり召使いと兵士を隠したりするのいろーんなコネとかお金とか使ってやっとだったんですよ?」


「え…え……?」


「あれ?まだ分かりませんか?」


そして彼女は飛びっきりの笑みで


「この状況まで全て仕組んだの、私です。褒めてくださっても構いませんよ?私の愛しのテルミス様」


「どうして…そんなことを…」


「だって私、好きって言葉じゃ足りないほどあなたが好きなんですもの」


彼女は目のハイライトを消す


「好きで好きで好きで好きで好きでたまらなくてあなたのすべてが欲しくて欲しくて欲しくて欲しくていてもたってもいられない。あなたと出会ったあの日から、結婚だけじゃ足りない、髪の毛1本から指の先まで手に入れて、管理して、独占したい。やっと…やっとここまでこぎつけました。優しくてかっこいいあなたとの学生生活も十分楽しかったけれど、でも足りない、全然足りません。ですので」


「この檻の中で私と一生愛し合ってくださいね?」



そんな彼女の暗く、深い笑みは、未だ理解が追いつかない僕を恐怖と不安の渦に叩き落とした。

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