第16話 金の平穏 下
テルミスの留学期間も残り1ヶ月を切る。
集団生活という新鮮な体験を彼は存分に楽しんでいた。
学校に来て初期の頃こそ令嬢に囲まれたり、追いかけられたりしたものの、最近は彼の周りはとても落ち着いている。
同じクラスの令息と交流したり、身分の高い令嬢と言葉を交わしたりするだけだ。
それもそのはず、ソフィアの根回しの結果である。まぁ、過程はその実真っ黒ではあるが。
それはともかく、ソフィアの尽力?によって平穏な時間を堪能する彼は惜しみながらも新しく出来た友人らとの最後の時間を過ごしつつ、王国に戻る手続きを始めていた。
しかし、
せっかく2人で過ごせるようになった、いや、せっかく手の届く距離ほど近くにいる彼をソフィアが易々と手放すだろうか?
そんなことはありえない。
彼女は簡単にカレを王国へ返すつもりなど毛頭ない。
彼が王国へ帰れない正式な理由を用意すべく、様々な計画を彼の手続きに合わせて動かしていた。
そんな時、王国から皇国へ書状が届く
それは現国王の退位と新国王の即位、そして王太子であるテルミスの返還要求であった。
これにより、皇国行政府は大混乱に陥った。
人望ある現国王がいきなり退位するとは考えにくい、かと言って革命が起こった訳では無いし、王国の民達が革命を起こすほど王家に対して悪感情をもっているはずがない。
そして新国王のアイシャウト=フォン=ライズはどう言った人物なのかまるで情報がなく、これまでの通り、王国との良好な関係が保てるかは怪しい。
それに伴って王国と皇国の共同事業も凍結するか否かの判断が必要になる。
このような状況で、王太子の返還要求に応じて良いものか?
彼の安全を保つことができるのか?
意見は割れ、結論が出ないまま幾日も過ぎる。
会議は煮詰まり参加者の誰もが、誰でもいい答えをくれ、と追い詰められていた時、
「では、返還要求は断りましょう」
会議室の扉を開けて中に入ってきたソフィア=デ=メストはそう言った。
「こ、皇女殿下!しかし…」
「新国王に信用がない以上、関係が破綻することも可能性のひとつとして予測しなければなりません」
「皇国の食料自給率は20パーセントを切ります。その中でも穀物を含む野菜類はほとんど0に近い。そんな状況で王国と別れてしまえば皇国は終わりです。それは絶対に避けねばならない、どんな手を使ったとしても。そう、」
「最終的に王国と事を構えることになったとしても」
「「「「!!!」」」」
「もちろん、本当に最終手段です。しかし、その場合テルミス様がこちらにいることは有利に働きます。次の国王としてテルミス様を立てることが出来れば、関係は元通り、民の信頼も厚いテルミス様ならさらに王国を発展させることも可能でしょう」
「逆にテルミス様を返してしまっては、王国に交渉を断ち切られてしまうとこちらは王国に一切干渉することが出来なくなります。……侵略、を除いて」
「テルミス様は皇国と王国、双方の未来の発展に絶対に必要な方です!…どうか、ご決断を」
♢♢♢
会議室を後にして、部屋へ向かう彼女は人気のない廊下を通りながら、暗く、黒い笑みを浮かべる。
向こうから理由を用意してくれるなんて願ったり叶ったりだ。
そして思考を続ける。
アイシャウトといえば前に王城で会ったあの子……
どうやってか静かに王位を盗み、テルミス様を返せ、と
なるほど庭で感じた視線は彼女、だとすると彼女は私の敵
返してしまうとテルミス様との関係も危ない
絶対に渡してなるものか
そうして彼女はテルミスの部屋に入る。
「ソフィアさん…」
手紙の内容を聞き、すぐに国に戻ろうとしたテルミスに出国が許されなかった。
「テルミス様、申し訳ありません…」
「…そうですか、許されませんか…」
「説得は試みたのですが……力不足です」
「いえ、ソフィアさんが悪い訳ではありません!…わがままなのはわかっています。不安定な情勢で僕が帰る許可が出るのは厳しいでしょう。しかし!」
「…しかし、何かの間違いなんです。アイシャが…妹がそんなことをするはずがないんです!」
「外へ出るのも怖いはずの妹が王なんて、有り得ません!僕が王国に戻ればきっと何かの間違いだって、証明できるはずなんです」
「テルミス様…」
「…ソフィアさん、申し訳ありません。こんな醜いところをお見せしてしまって…」
「謝ることはありませんわ、誰しも家族は大事なもの。取り乱してしまうことは仕方ありませんもの。私であればいくらでもお聞きします!テルミス様の願いを聞き届けられなかった私にはそれぐらいしかできることはありませんし…」
そう言ってソフィアは儚げな笑顔を浮かべる。
そしてそれが自分の身勝手で人を傷つけてしまった、とさらにテルミスを追い詰めるのだ。
「くっ…」
そう言って下を向くテルミス、動揺し、消沈する彼は気がつけない。
唇を噛み、必死に自分を抑えて下を向く彼とは対照的に
ソフィアが幸せそうな笑顔で微笑み、彼を見つめていることを
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