第15話 動き出す黒
兄様を乗せた馬車が遠ざかるのを歯を食いしばりながら見送ると倒れそうになりながら部屋に戻る。
覚悟は決めた。だがそれで兄様のいない辛さが無くなる訳では無い。やはり辛いものは辛いのだ。
しかし、彼女は全てを悲観している訳では無い。
兄の留学が決まってから立てた彼女の計画。これが成れば彼女を取り巻く全てを壊して兄を手に入れることができる、彼女はそう信じていたし、実際それをしてしまうだけの
兄に対する彼女の全ての想いが集約されたその計画。
動き始めたそれはもう止まらない
「お父様、お願いがあるのですが」
「どうした、アイシャウトよ」
公務が終わり一息つくため裏に戻ってきた父様に話しかける。
「次の国境視察に私も同行させて頂きたいのです」
「なんだと?」
驚くのも無理はない。外で恐ろしい経験をした私が自分から外に出ようと言うのだ。
「それは許可できない。あの事件がまた起こってしまう。お前に危害が加えられる可能性も低くないのだ」
「理解しております。しかし、人生の全てを城の中で過ごす訳には参りません。人前には出れないのは変わりませんが、それでも外へのトラウマを克服するべきだと思います。今回の国境の視察ではあまり大きい街に立ち寄らないと聞いております。人の目に触れることも少なく住むのではないかと」
「しかし...」
「お願いします。お父様」
アイシャウトの身が心配なれど、彼女の言にも一理あると考える王は迷う
「...わかった、同行を許可しよう」
...
斯くして国境の要所を巡る視察団は出発した。
アイシャウトは顔と姿を隠し、かなりの荷とともに紛れ込む。
国境を巡るにはひと月と半分の期間を要するため、彼らが王都に戻ったのはテルミスが留学して2ヶ月後の事だった。
そしてある日
唐突に王宮に雷が落ちる。
暗雲などない。まさに晴天の霹靂である。
その後、王宮から黒く、暗い、煙のようなものが流れ出す。
窓、門、戸、あらゆるところから溢れるソレは瞬く間に王都を覆い、国中に広がっていく。
やがて国境の砦までソレに沈みきった時、ぱっとまるで火が消えるかのようにソレは消失した。
狼狽えていた人々は何事もなかったのようにいつもの日常に戻る。
昼から酒場で飲んだくれる人々は言う
「そろそろ王様が変わるらしいな」
「俺も聞いたぞ!なんで次は王女様が国を継ぐらしいな!」
「全くめでたいこった」
井戸端会議で噂に花を咲かせる女性等は盛り上がる
「なんでも王女様は見目麗しく、聡明な方だそうよ」
「艶のある綺麗な黒髪の持ち主だそうね」
「婚約者の方は今他国に留学してるらしいわよ」
王都の...いや、ライズ王国に存在する大小様々な街町村のそこかしこでそんな話が聞こえる。
なんのおかしいことも無い
彼らにとってそれが普通なのだから
「そうそう、次の王様の名は...」
「「「アイシャウト様!」」」
...
細心の注意を払いアイシャウトは森を進む。
ここは王都から1番近い国境の砦ラソル。
流石に砦にまで入る訳にはいかないので、町に宿をとる。
深夜、彼女は目的を果たすため、付近の森へと向かった。
野獣に注意しながら森の中心を目指す。
そして中心に至った彼女が取り出したのは6把の黒百合。彼女の思い出真っ黒に染まったそれを用いて陣を敷くあとはそれにある布を被せ、荒らされぬよう土を被せる。
これによって彼女のここでの目的は達する。
彼女が行おうとしているのはライズ全土を巻き込んだ大規模呪術。
小さな呪術陣を等間隔に配置し、さらに大きな呪術陣を組むことによって効果を上げ、忘却霊衣を改良して記憶を改竄する。
彼女が編み出したそれは、技術が絡むことによって単純に思いを放出して国を追い込むよりもさらに大きな影響力を持つ。
完成すれば容易に国全土の人々の記憶をを彼女の望む通り作り替えてしまえるだろう。
途方もない準備と計算、労力が必要ではあるが、テルミスという命よりも大切なものヲタ取り戻さんとする彼女には関係の無い事だった。
...
記憶を改竄した父から王位を譲られ、戴冠の儀式も終えた彼女は王座でひとりごちる。
彼女も家族の記憶を改竄してしまうのには抵抗があった。兄同様自分を愛してくれた人達を自分の都合で変えてしまうのだから。
しかし、背に腹はかえられない。テルミスを売女から取り戻すためには犠牲を払ってでも今の状況を作り出すしか無かったのだ。
罪悪感はあれども後悔はない。
「さて、ではそろそろ返してもらいましょうか」
「私の愛する
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