第13話 金の平穏 中

翌日から本格的に視察が始まった。初の他国ということもあり緊張を隠せないテルミス。


そんなことはどうでもいいとばかりにテルミスにピッタリとくっついて行く先々についてくるソフィア。


2人の姿は事情を知るものからすれば初々しい婚約者同士仲睦まじくしているように見えるだろう。

実際のところはソフィアが気疲れしているテルミスに所構わずくっついてさらに追い詰めているだけなのだが。



それはともかくとして順調に予定を消化していき1ヶ月が経った。

皇国領土の視察から始まり、各地有力貴族への挨拶、王国よりも発展している皇国の加工技術などを学んだ。


大規模な穀倉地帯と温暖、湿潤な王国は地質ごとに様々な作物を育て、自給率は100%を超える。農業を営む人口多いことに加え、農業従事者に対する補償や収穫量に合わせて王宮が作物を一定数買い上げ備蓄、またはそれらを放出することで値段の変動を抑えていることから常に買いやすく、売りやすい状況が保たれている。


対して皇国は王国以外との国境が山脈に囲まれているため、空気は乾燥し、山下しの冷たい風によってあまり作物を作ることに長けてはいない。その代わり、地下資源が豊富で燃料となる燃える石に加え、金銀の鉱山や宝石なども取れる。それゆえ技術が発展しており、便利な道具が次々と生み出される。


技術を輸入する王国と作物を輸入する皇国の関係は深まるばかりで、最近進められている王国と皇国の農業技術の共同開発によりさらに王国の作物生産効率が上がるという試算もされている。


技術視察を通してテルミスは様々な知見を得ていた。



そして本日から学の視察。

王国では農業人口が多いことで一年中学校に通い続けることができない子供が多いことからあまり学を深めるということは重視されず、地方では読み書き計算、及び実践的な農業、輸入してきた技術の使用法と危険を学び、本格的に学問を究めるものは王都の中央学校に集まる。


しかし、皇国は技術大国から全ての国民に高等教育までの履修が義務付けられており、そこまでの費用は免除されている。また、さらに学びたい者は真理を研究するさらに上の学舎に通うことが許されている。


テルミスが2ヶ月間編入するのは高等教育を教える学校であり、王宮で高等教育を修めたテルミスならば問題は無いと判断されて企画された学生生活だった。



メリザ皇都高等学校。皇都にある学校の中でも最も皇宮に近く、皇都に住む貴族の子女、及び裕福な商人が通う。皇族も在籍することから、名誉ある学校として認知されていた。

ソフィアは既に卒業していたが、テルミスの編入とともに期間限定で学生生活を送ることが決まっていた。


なお、当初はテルミス1人の編入となっていたがいつの間にか、2、に書き換えられていた。不思議なこともあるものだ。



場所は変わりテルミス達が編入予定のクラス


ヘルデモンド侯爵家、マリーダ=ヘルデモンドは教室に入るとよく話をする友人に声をかける。


「メシーさん、ごきげんよう」


メシーと呼ばれた少女は振り返り、声をかけてきた人物にカーテシーで応える。

彼女はメルシーナ=ハリヤ。ハリヤ伯爵家の次女で明るく、話好きの少女である。自己紹介の際、緊張した彼女がメシーナと噛んでしまったことから、親しい人に彼女はメシーと呼ばれている。


「あら、マリーダ様、ごきげんよう。そういえばお聞きになりました?このクラスに王国から編入生の方がいらっしゃるそうです」


「まあ!それは本当ですか?」


「はい、今日の朝、教師の方々が話していたのを小耳に挟んだ方がいらっしゃって。皆様その話題で持ち切りですわ。姫様も付き添いとして戻ってこられるそうよ」


「あら、姫様もいらっしゃるということはもしかしたらその方、姫様の婚約者の方かもしれませんわ。最近王国の王太子と婚約されたときいておりますし」


「私も聞き及んでおります。優しく、人柄も良い方だとか。婚約といえば姫様に思いを寄せていた上級貴族の子息の方々、突然の婚約発表で慌てて一斉に恋文を送り付けたのを全て姫様の直筆でお断りされていたのが記憶に新しいですわね」


「あら、そんなこともありましたね。...」



そんな会話があちこちでされていると、始業の時間がやってきた。


静かになったクラスで担任を受け持つ壮年の男性が話を始める。


「言うまでもなく諸君は知っているようだが本日から2ヶ月間王国からの編入生とソフィア皇女殿下がこのクラスに在籍することになる。友誼を結んで置くことで諸君にも益があることだろう。紹介する、入ってきたまえ」


金髪金眼の青年と銀髪青眼の皇女が姿を見せる。


「王国皇太子テルミス=フォン=ライズ殿だ。自己紹介を頼む」


「皆様、テルミス=フォン=ライズです。これから2ヶ月間皆様と有意義な時間を過ごせたらと思います。よろしくお願いします」


「卒業した身ではありますが、婚約者の付き添いということでまた短期間在籍することとなりました。皆さん、よろしくお願い致しますね」


ソフィアが婚約者、と言ったあたりでにわかにクラスが騒がしくなり、やはり、や、ではあれが、という声がそこかしこから聞こえてくる。


「静粛に」


「諸君の自己紹介は個人個人で行うように。では、テルミス殿と殿下はあちらのお席に。これより授業を始める」


テルミスは初めての集団授業に、ソフィアは恋人との夢溢れる学生生活に、それぞれ心踊らされながら初授業を楽しむのであった。










斯くして学生生活は始まる。希望と幸せに彩られた彼の道の終わりはすぐそこである。



終点は勿論檻の中に


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