第8話 黒の美

拝啓、過去のソルス=デ=メスト殿

物心着いた頃、世界に絶望した僕へ



恋をしました



ソルス=デ=メスト。歳は16を数えました。

僕は幼少期にみんなに優しく、とても綺麗な姉が男性からの贈り物を開封もせず、踏み潰し、火にかけていたのを目撃してしまいました。

僕はその時の姉の表情に恐怖を抱き、尻もちを着いてしまいました。

そのまま静かに逃げて、悪い夢だと、何も見なかったことにすれば現在のように生きながら地獄にいるような日々を過ごさなくてもよかったかもしれません。


父や母は、跡取りとして、長男の僕を大切に育てようとしました。

そのため、外に出ることは稀で、接するのも家族と僕専用の執事さん、あとは教師の人だけでした。

初めて、見知らぬ女性に会ったのは姉の所業を目撃した後、僕が9歳の時でした。

次代の皇帝を指名するための催しに参加し、歓談の時間になった直後


女性に囲まれました


次代の皇帝として、人脈を作れと父に言われていたため、同年代の男性から順々に顔を覚えてもらうつもりでした。

しかし、気づいた時には周りには年下、同年代、更には姉よりも年上のような女性までいました。


皇国では身分の高い者が先に挨拶をしなければなりません。

パニックになりそうなところをギリギリで踏みとどまって何度も練習した挨拶をします。


「皆さん、お初にお目にかかります。第1皇子、ソルス=デ=メストです。次代の皇国を担っていく身同士、交流を深めたく、参りました」


「ソルス様、お初にお目にかかります。ヘルデモンド侯爵家のマリーダと申します。お会いできて光栄の極みでございます。ソフィア様から人となりはお聞きしておりましたが、それよりももっと素敵なお姿で、私胸の高まりが収まりませんわ」


「ソルス様、私は...」


「ソルス様」


「ソルス様」


...


気が狂いそうだ。


催しが終わり、次の日には心労で熱を出してしまいました。

それ以来僕は女性が苦手に。

しかし、おそらく姉のせいなのでしょう、それから僕の近くには常に女性がいるようになりました。

王太子としてお披露目をしたことで、専属の執事の他にメイドの人達とも関わらなければならなくなり、最初の頃は体調を崩してばかり、父や母にはかなり心配をかけてしまいました。


死にたい、と思ったことは何度もあります。しかし、そんな勇気は持ち合わせていませんでした。

僕が死ぬまでこの地獄からは抜け出せない


そう思っていたんです


ライズ王国に訪問した時、初めて歳の近い男の人と出会いました。

テルミスさんというらしいです。口数の少ない僕にも何度も話しかけてくださる優しい人で、僕もこの人みたいになれたら、と憧れました。

姉の様子がおかしいのに気がついたのは少し緊張がほぐれて周りの様子が見れるようになった時です。

いつも人に会う時は猫をかぶり、声色を変えて接する姉が素の声と表情でテルミスさんと話していました。

呆気に取られた僕は姉を凝視してしまい、周りのことが全然頭に入りません。

そんな状況が続いた後、また父や母と合流しての晩餐の予定のため、戻ろうとした時、テルミスさんが急に、慌てた様子で離れて行ってしまいました。


何かあったのでしょうか

姉と2人で少し待っていると、姉が何も言わず、無表情で彼の行った方向を睨みつけながら歩き出しました。

よく分からないところに1人、置いていかれる訳にも行かず、姉に着いてテルミスさんのところに行くと


そこには


天使がいました


黒い髪に黒い目、整った顔立ちに優しく微笑みを浮かべた彼女は僕が今まで出会ったどの女性よりも魅力的に写りました。

姉にそそのかされて動くあのギラギラした人達に比べ、彼女は優しく僕に笑いかけてくれます。

聞くと彼女はテルミスさんの妹で、アイシャウトさんと言います。



運命だと思いました。

彼女の仕草一つ一つが僕の胸を高鳴らせます。


彼女の姿が見えなくなってしまうその時まで僕は彼女に見惚れていました。

そのせいでテルミスさんや姉に声をかけられてしまう恥ずかしい思いをしましたが、そんなことよりも次に彼女似合うのが待ち遠しく、もどかしい、無邪気な僕なのでした。











その時少しでも周りが見えていたならば、姉の表情が昔見た、贈り物を燃やす時のものと同じだったことに気づけただろうに。

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