第7話 花の棘
ソフィア=デ=メストは女性の鑑である。
彼女の弟を除く彼女を知る全ての人が口を揃えてそれを言う。
背筋を伸ばし、仕草は華麗に。
整った顔と誰もが見惚れる笑顔。
男女共に引きつけるその女性は
然して黒かった
外面の話では無い
それは彼女の腹の中
正確に言うならば心の底であろう
明確なきっかけがあった訳では無い。
元々彼女の素がそういうものだっただけだ。
聡明な彼女は自分を押し殺して理想の皮を被り続けていた。
不運だったのは彼女の弟、ソルス
物心着いた頃、偶然にも彼女の闇を見てしまった
見られたことを放置しておく彼女ではなく、弟が心配な姉という自分を使って彼の交友関係、行動、その他彼に関わるほとんど全てに干渉した。
弟が貴族の令嬢に好かれるのもその一環。貴族の令嬢に、というよりは貴族の令嬢にしかと言うべきか。
ソルス自身あまり女性が得意ではない。恐怖の姉というものもあるし、何より大事に育てられた彼は家族以外の人と接するのが不得手だった。
それを狙った姉により、干渉が始まってから外に出る時はほぼ
彼に姉の心を隠したまま演技に付き合う、以外の選択肢はなかったのだ。
さて、皇帝を継ぐのはソルスではあるが、彼女も第1皇女である以上、公務はこなさねばならない。
ライズ王国への訪問、及び視察もその一環。
皇国を出る前の彼女はまさかそこで運命の出会いなどというものを経験することになろうとは思いもしなかった。
「では、今日もお願いしますね?可愛い弟君?」
「はい、わかりました、姉さん。」
一応釘を刺しておく。他国だと人脈がない分干渉はしにくい。だから脅しも兼ねて注意をしておく。
それにしても友好を築きたい相手だからとはいえ皇族が揃って出向く必要があるのだろうか。
面倒だと思いながら馬車に揺られていると直に王城に到着する。
皇女としての完璧な顔を作りながら戴冠の間に着いた私はその人の顔を見た時、衝撃を受けた。
なぜ衝撃を受けたのかわからない。整ってはいるが絶世とまでは行かない顔立ち。言動、行動からにじみ出る優しさ。
皇国の男には全く衝撃を受けることも、興味を持つこともない私。それが彼の言動、行動、視線、表情、彼を構成する全てに惹かれる。
微笑みかけてくれているだけで嬉しくてたまらない。
なんだこの感情は
初めて知る感覚だ
なんだろう
あの人に私だけを見て欲しい
私だけに笑いかけて欲しい
その声で私に向けて話して欲しい
私に...
私に...
私に...
そうか
これは
私の独占欲
彼を独り占めしたいという私の闇
だからお義父さまがあの人に城の案内を提案してくださった時、私は歓喜の感情を抑えられなかった。
最初の自己紹介は頭が真っ白で全然入って来なかったから2回目の、改めての自己紹介でやっと名前を知ることが出来た。
あの人はテルミス、テルミス=フォン=ライズというらしい。名前を呼ぶ許可が出たので存分に彼の名前を味わうことが出来る。
ああ楽しい
ああ嬉しい
今までこんな感情知らなかった
とある令嬢が恋をすると世界が美しく見えるって言っていた。
その時は興味もなく、ただの戯言と流していた。
でもこんな感覚なのね。確かに彼の周りの全てがなんでも美しく見える。
嬉しすぎて信じたことも無い神様に感謝を捧げてしまいそうだ。
彼の事が知りたくて、優しく案内してくれる彼に絶え間なく質問を投げかける。
彼の声が聞けるのが嬉しくて、彼についての知識が増えるのが楽しくて時間が光のように過ぎていった。
そしてもうすぐ晩餐の時間。もっと彼のことを聞きたいのに...また猫を被る時間。
気落ちしながら彼と共に戻る。
その途中奇妙なものを見た。
黒い...人?
私が訝しんでいると急に彼が少し離れる、と言ってその黒い人がいた場所に向かう。
納得いかない
なぜ私と一緒にいないのか
黒い人に猛烈な殺意が湧いた
カレはワタシのだ
そんな思いに突き動かされた私が目にしたのは黒髪黒目の整った顔立ちの女性だった。
溢れそうになる殺意を笑顔と理性で無理やり押さえつけて彼に尋ねる。
この女は誰だ
聞くと、彼の妹らしいではないか。それなら将来の妹だ、友好関係を気づくのも悪くない。
そう思い彼女の顔を見ると、ほんの一瞬、彼女の顔にこちらへの敵意、殺意が現れた。それはすぐに消えたが私にはそれだけで十分だった。
この女は私を牽制しに来たのだ。これは自分のモノだ、と。どこで見ていたか知らないが、なるほど確かに私の先程の行動は恋する乙女そのものだったであろう。
私は考えを変える。
こいつは敵だ。
私の敵だ。
妹だから結ばれない?そんな単純な思考をする人間でないことは先程の表情で丸わかりだ。
彼女の情報を集めねば。
敵には容赦しない。
勝つのは私だ。
アイシャウトと別れ、これからのことに思考を巡らせるソフィア。
アイシャウトを蹴落とす策略を寝るソフィアにとって、彼女の後ろ姿を惚けたように見つめる弟はまさに天啓であっただろう。
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