第3話

とあるバンドにボーカルとして所属して4年目になる。

バンドメンバーは私と兄、そして兄の同級生を加えて4人で、私はボーカルを担当していた。

男女2人ずつ。私と私の兄、そして高校で親しくなった友人2名の構成だ。

ボーカルの私とベースの担当は高校時代の友人で、大学も偶然一緒になるという腐れ縁だった。

別段に、私とその子はそれほどまでに仲良しだったわけでもない。

ただ、境遇は少し似ていた。

……話を変えよう。

大学のサークルの延長上で始まったインディーズバンド「カルル」は、活動を続けていくうちにそれなりに人気を獲得し、それなりの数のファンを獲得していた。

評価が高かったのはギター担当の兄だった。普段の兄はあまり口数が多くなく、目立たない雰囲気だったけど、そのギター技術は一級品で、曲を奏でている最中の姿は超一流のギタリストそのものだった。

口で説明するのは難しいけど、そのテクニックはかなりのものだったと思う。妹の私ですら時には我を忘れて聞きほれるほどだった。

そして、兄のルックスがまた抜群なのであった。やや骨太なきらいはあるものの、男っぽさがあって、一緒のバンドで活動する最中はいつも逞しさ、頼りがいを感じた。

妹の私が言うのもひいき目が過ぎるのかもしれないけど、固定ファンの中に女性が多いのも、それが原因だったと思う。かくして人気は右肩上がり、上々ではあった。

兄は女性人気が特にすごく、その人気に後押しされるように徐々にカルルの名前が全国に浸透していった。

私たちは、それなりにうまくいっていたんだと思う。メジャーデビューとか欲張らない限り、楽しくバンド活動を続けていけたんだろう。

私もたくさんのお客さんの前で歌う快感に、次第に引き込まれていった。

充実していた。それは事実だ。

ただ私はその点にはあまり関心がなかった。みんなと一緒に歌うのが好きなだけ……いや、もっと言えば、兄と一緒にバンドを続けていたいだけだった。

……正直に言ってしまおう。私は自分でも結構引くくらいのブラコンだった。

バンドのメンバーになったのは兄の影響だったし、もっと言えば兄がいたから歌を歌おうと思ったのだ。

一緒にカラオケに行って歌い、練習している最中は兄を独占できる。それが、幸せなのだ。

兄のギターのメロディラインに乗って歌っているときが、私の一番好きな瞬間だ。いつまでもその時間を過ごしていたい。私の願いはそれだけだ。


それが微妙に変わったのは、とある動画を観たのがきっかけだった。


兄は大学生活の傍ら、曲を作り、私たちと歌い、動画をアップしていた。

その動画がきっかけで人気が出て、そのためにライブハウスでのライブも順調だったわけだけど、当然その作業の合間に他のバンドの動画を観たりはする。

このバンドの雰囲気いいな、とか思いながら何となく見ていた。


そしてある日、私はその動画に巡り合った。


平成の最後の夏のある日、Youtubeにある動画がアップロードされた。

それを知ったのは、私がSNSで自分のバンドのエゴサーチをしていた時だ。いろんなバンドの呟きや画像が流れていくなか、プチバズっていた動画が流れてきていた。

「ひとしずくの未来」というタイトルに、歌詞がテロップにつけられただけのシンプルなPVだった。

黄色い花畑をバックに、白いワンピースと、これももまた白の帽子をかぶった少女が歌う動画だ。

始めは何気なく再生しただけだった。

けど、曲が始まった後の没入感は、いま思い出しても鳥肌が立つ。

夏の清涼感を思わせる少女の歌声には、ただここにいる事が出来ることがどれほどの喜びかということを、鮮烈な喜びを、全身で表現していた。

ただひたすら純粋に歌うということだけで、なぜこれほどまでの感動が生まれるのか、私にはわからなかった。

これほどの喜びを、無邪気な歌声に乗せて歌い、そして人の心を震わせられる事実、それは私の中にくすぶっていた何かを大きく揺り動かした。

聞き終えたとき「これが総毛だつということか」と初めて実感したほどだ。

それはどうやら他の視聴者にも同じだったようだ。

この動画はたちまち再生数が100万を突破し、平成最後の歌姫として世間を騒がせていた。

テレビニュースになるほどの話題になりながらも、この動画にて詳細は何一つ明かされていなかった。

ただ一つ、手掛かりがあることを除けば。


「ここって蓮見村!? やば、ゆうこちゃんが映ってる!?」

私のバンドメイトの麻衣が、この場所の事を知っていた。私がバンドのステージ前にスマホでその動画を見返していた時、たまたま傍を通りがかった彼女が私のスマホをチラ見して発覚した(彼女は全くSNSに興味がなかったみたいだ)。

ゆうこ、という少女の名前と、蓮見村、という村の名前を知ることができた私は、麻衣を必死で説得し、その村の場所を聞き出した。

私の住んでいる場所からその村までは、電車とバスを乗り継げば数時間で着ける。

そうなれば話は早い。

もう動くしかない。

しがらみのような事柄がいくつかまとわりついていた私は、それらを振り払うようにしながら、蓮見村へと向かったのだった。

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