次元を駆ける、スプリングガール!

さくらみお

前 編



『好き。ずっと好きだったの。

 付き合って下さい』


 頬を赤く染めた幼馴染みの川上春子は、突如現れるなり告白をしてきた。


 そう。

 突然、現れたのだ。

 制服の姿で。


「は、春子!?」


『突然ごめんね。どうしてもお別れの前に言いたくて!!』


「ちょ、ちょっと待って? 何で……春子が此処にいるの?」


『だって私達……これから離れ離れになってしまうでしょ? このまま、好きって言わないでサヨナラなんて……嫌だったの』


 と、首まで顔を赤くする春子。

 しかし、僕の驚きの理由は告白そっちではない。

 いきなり他人の家の部屋(2階)に現れ、

 脈絡無く話を始めた事に驚いている。


 ベッドに寝転んでスマホでゲームをしていた僕は、姿勢を正した。


「は、春子、どっから湧いた?」


 まじまじと春子を見つめる僕を、春子もまた見つめ、異変に気が付く。


「あれ? 健一……だよね?」


「……そうですが」


「私の幼馴染みの、健一君だよね?」


「如何にも。3年B組21番。2003年度卒業生の三沢健一ですが」


 驚いてズレた眼鏡を整えながら伝えると、春子はフルフルと体を震わせた。


「えええっ? どうして? 健一が……健一が……。おっさんになっている!?」


「いや、むしろ、君が高校生の制服来て現れている方が、おかしいから。

今は2020年やぞ」


「えええええーーーー!?」


 春子は辺りを見回し、キョロキョロと僕の部屋を探り始める。

 ――そう、僕こと三沢健一と、目の前に佇む川上春子は17年前に上原高校を卒業した同級生だった。


「じゃ、じゃ、じゃあ、健一君って今……?」


「35歳。そう、今や念願の半導体部品開発メーカーに勤め、すでに11年。

……世の中の酸いも甘いも知り尽くし、理不尽という名の日常と、『仕事辞めたい』って毎日ググっちゃう危うい精神マインドと戦う企業戦士、……社畜サラリーマンさ」


「その、中二病みたいな言い方! やっぱり健一だ!! 17年経っても根っこって変わんないのね~」


「その毒舌……まさに春子だね」


「ねね、これって、タイムトラベルってやつかな?」


「その理解力の速さと、話聞いていない所も、春子だ」




###




 とりあえず。

 僕は春子をローテーブルに招き、緑茶を淹れた。

 ちょこんとテーブルの前に座る春子をまじまじと見る。

 すらりとしたスレンダーなボディに、黒髪のセミロング。いつも赤いヘアピンで前髪を斜め分けしている。

 大きくて零れ落ちそうな大きな目に、白い頬。口元にほくろがあって、見た目は色気があるが、キャラクターは明るくズケズケと物を言う性格で、男子の人気も賛否両論タイプだった。


 僕には既に、懐かしい思い出となった上原高校の深緑のブレザーとエンジのネクタイを身に着け、そして胸には卒業式に下級生から貰った紅白の花輪リボンを付けている。

 春子は再びキョロキョロしながら、


「健一は、まだ実家なんだね。おじさんとおばさんは?」


「父さんのリタイヤを待って、3年前に俺のじいちゃんばあちゃんの介護で他県に行った。だから、この家に一人暮らしだよ」


「ん?」


 春子はお茶を持ちながら、首を傾げた。


「んんん?…………おかしい」


「何がおかしいんだ」


「だって、私は?」


「は?」


「おかしいよ。私、健一の奥さんになっている筈だよ?」


「は、はあああああああ?」


 なんたる自信!


「で、私はどこにいるの? 隣?」


 隣の家に住んでいた春子は、部屋の北側の窓を開けようとする。


「あ! 開けんな!!」


 僕が止める間も無く、春子は窓をガラリと開けた。すると、モワッと気持ちの悪い濁った空気が室内に入り込んだ。


「……げほっ! な、なに……」


 春子は、空気をモロに吸い込んで咽せた。

僕は慌ててピシャリと窓を閉めた。


「……ここの窓。15年前にマンションが建って、室外機の空気が直接当たるんだ」


「え? マンション? 私の家は一戸建てよ? じゃあ、私は??」


「分からない」


 春子は目を丸くして、僕を見上げる。

 唇は、少し震え、不安を感じている様だ。


「……まぁまぁ、春子さん。こちらへ」


 僕は、春子を再び座らせる。

 座った春子は俯きながら、


「信じられない……」


 と呟く。それはこっちの台詞だ。

 再び、顔を上げ、


「じゃあ今の私は、健一をこんな小汚いおっさんに仕立て上げた挙げ句、何をしているの?」


「ちょいちょい、ディスってくるね。さっきも言っただろ? 分からないって」


「何で? 幼馴染みでしょ!?」


「春子。お前は卒業式の日から来たんだよな?」


「そうよ。謝恩会が終わって、二次会しよーって話になった時、健一を体育館の裏に呼び出したでしょ?」


「えっ? うそ? そんな出来事あったっけ?」


「したよー!! 何で、忘れちゃうのかなぁ! 私の一世一代の勇気がー」


 僕は、頭を抱え過去を思い出すことにした。


 そう。

 あれは17年前……。


 当時の僕は、自分の事を僕って言うのが恥ずかしくって「俺」って言っていたっけ。

 部活は自然研究部。一度も自然を勉強せず、友達とコンビニへ行ったり、今期のアニメについて熱く語り合って終わったな。

不自然なほどに。


 春子とも時々は一緒に帰ったり教室で話したけれど、高校生活のヒエラルキーで頂点に近い春子と、底辺の僕では高低差がありすぎた。

 そんな関係に気後れした僕は積極的に春子に関わろうとしなかった……。


 ……気がする。

 そして、卒業式。

 淡々と卒業式・謝恩会が終えた後………。

 そうだ。

 春子に声をかけられたのだ!




【17年前・体育館・謝恩会会場にて】



「健一!」


 いなり寿司を食べている僕を呼び止める声がした。

 振り向けば、春子とイケてるガールズの集団が居た。

 当時のイケてるガールと言えば、コギャルだったなぁ。あの黒い人達は、今どうしているんだろうなぁ?


「は、春子さん?」


「なんで他人行儀なのよ?」


「何となく。どうした?」


「ちょっと、後で体育館の裏に来てよ」


「え?」


 僕は、春子のバックでニヤけているギャルを垣間見た。

 そして、察した。


 僕は、卒リン(卒業リンチ)に遭うと!


「いい? 17時よ。

 絶対、一人で来てよ!!」


「……」


「どしたのー? 健ちゃん?」


 ジュースを取りに行っていた親友の光彦。僕の紙皿の上で震えているいなり寿司に気が付いた。


「いいか、光彦。耳かっぽじって聞けよ。

 ……俺は、今日、殺される」


「ええっ? ついに? それは魔王か? 美人戦士か? それとも手堅い路線で女神様か?」


 光彦もまた僕と同じで、理想と現実が区別出来ない、最高の親友パートナーだった。


「違う。現実はそんなご褒美イベントをくれない。――女子高生だ」


「なっ、あの、伝説の!?」


 僕は、コクリと頷いた。


「ああ、伝説の女子高生だ。しかも、幼馴染みときてやがる」


「女子高生で、幼馴染み!? お前、どんだけ幸薄いの? 普通はハッピーライフのハッピーフラグだよ!? それなのに、お前は女子高生の美人な幼馴染みに殺されるの!?」


 僕は、体育館の壁に持たれた。


「だが、大丈夫。俺は死をもって、美人ハーレム転生した世界が待っているから」


「健ちゃんっ!! うらやま過ぎっ」


「よし、謝恩会ここは俺の驕りだ。遠慮なく食べるが良い!」


「わーい、健ちゃん王、太っ腹!」


 ――こうして、僕と健一は仲睦まじく戯言を言いながら、謝恩会を楽しんだ。



 【回想END】




「ちょっとちょっと! 何そのくだらない会話! しかも、肝心の告白シーン思い出してないじゃない!!」


 春子は、ローテーブルをバンッと叩く。


 えー?

 でも、高校生って、こんなくだらない話ばっかりだよな。

 とにかく。

 当時の僕は、底辺ながらも同じ思想の仲間が居て、それだけで楽しかった。

 だから、女子と付き合うとか、美人の幼馴染みに告白されるとか、夢のまた夢というか、それは一回死んでから最強チートになって手に入れるアイテムだと思っていた節がある。


「それより、卒業式を覚えていないなら、その後の私は?

 確か、東京の大学に受かったよね?」


「……そうだよなぁ。でも、思い出せないんだよな」


 そう、春子の事を思い出すと、頭の中がモヤモヤする。

 実を申せば、春子が突然現れなければ、春子の事を忘れていた位に。

 こんなに、好きだった女の子を。


「そんなバカな! 謝恩会のバカ話は鮮明で、私の進路が曖昧っておかしくない!?

 そもそも、私の事、好きなの?」


「そりゃあ、キスしてベッドに押し倒したい位には」


「!!」


 突然、春子は身構える。

 ふふん。

 僕だって、あのまま17年経ったと思うなよ。

 こんなオタの僕だって、時代が変われば草食系と呼ばれ、理系男子と呼ばれ、彼女の一人や二人けど、昔の様に女子から蔑みの目で見られなくはなったんだぞ。

 今日は休日で、不精髭のおっさんだが、平日はごくごく普通にいる眼鏡サラリーマンだ。

 清潔感って、大事だよなっ。


「……じゃあ、17年前も、私の事好きだった?」


「えっと……好きだったよ。だた、僕みたいなオタクは春子と恋愛する価値なんて無いと思っていたから……」


 すると、春子はおずおずと僕の肩に両手を乗せた。

 そして、愛くるしい瞳で僕を見つめる。


「好き。本当に好きなの」


「僕も、春子の事が好きだ」


 目の前にいる少女が愛おしくて、僕は抱き寄せた。

 そして、春子の頬に手を当てて、唇を近付けようとしたが、


「だめ」


 と、口を押えられてしまった。


「なんで?」


 その手を払い、もう一度、悲願を達成しようとするが、春子はそれを遮る。


「……だって、初めては18歳の健一に貰って欲しいの」


「35歳の健一も、初めてだよ?」


「気持ち悪い事言わないで!!」


 良いムードはブチ壊れ、春子は「出して」と手のひらを差しだす。


「何を?」


「携帯」


「あ、スマホ?」


「すまほ? 何それ?」


「あ、今の携帯電話。あれから、随分進化したんだぜ」


「えー!?」


 春子は、俺のスマホを見て目をパチパチさせる。

 当時になかった、カメラの画像度、動画機能、SNS等々、春子にとっては驚きのアイテムになっているもんな。


「はー。17年でこんなに進化しているのね」


「春子の携帯も見せてよ」


 と、見せてもらった。

 懐かしい二つ折りタイプに、アンテナ!

 そして、某ネズミパークキャラクターのストラップ!!

 裏の電池部分に当時の友達と撮ったプリクラが貼ってある。

 すべてが懐かしい。


 そういえば。


「僕もまだ持っているかな」


 立ちあがり、押入れを探った。


 ――あった。


 電源もセットについていて、当時を思い出すつもりで、充電をしてみた。

 すると。


 ピンポン♪


 俺の携帯がメールを受信した。


「おおっ?」


 開き、宛先を見ると三沢健一……自分だった!


『35歳の健一へ』


 件名はそう書かれていた。

 続きを目で追う。


『これを開く時、お前は春子ことをすっかり忘れて生活しているんじゃないか?

 安心しろ。僕も忘れていた。

 今から信じられない話をするが、どうか信じて欲しい。そして、春子を2003年に戻す手がかり、手段を見つけて欲しい。

次のメールに、2003年から今までに起きた出来事を記す』


 ピンポン♪


 再び、メールが届いた。

 それを読み、僕は時計を見た。

 時刻は午後4時ちょうど。


「……去年よりも春子が現れるのが早くなった?」と思わず一人言を漏らしてしまった。


「健一、メールなんて書いてあったの?」


「嘘みたいな話」


「?」


 そう。

 嘘みたいな出来事が、あの卒業式の日に起きていたのだ。



 ――後編へ続く













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る