第35話ヴァンパイアキラーとの契約③

 俺の気配を悟ったのだろう。充希は再び、右手を差し出した。俺もまた、右手を持ち上げ、自分よりも一回り小さな掌を握りしめる。


「――交渉成立、だな」


 鋭利な口角がクツリと上がる。


「これからよろしく頼むよ。優しく有能な"パルトネル"」


「……パルトネル?」


「相棒、という意味さ」


「ああ……相棒というよりは、正式なお世話係任命って感覚のが強いですけど」


 結局、こうして俺が彼の手を取るまで、全て充希の計画通りなのだろう。


(最初から、俺は充希の掌で踊るピエロだったってわけだ)


 握る掌に消化不良の怒りと不満を力いっぱい込めてから、手を放す。

 充希は可笑しそうにクツクツ笑いながら「巧人の愛は痛いな」と肩を竦めて、それから「さて、答え合わせといこうか」と簡易椅子に腰かけた。ゆるりと足を組む。


「僕がどうして、"ヴァンパイア"を狩るのか。それは僕の果たすべき義務だから、と答えた。そう考えるに至ったのは、単に僕の血が特別だったからじゃない。――"V-2"を生み出し、この世にばら撒いたのは、僕の祖父だ」


「――な、んだって?」


「祖父は心優しい男だった。村の小さな教会で、その日の食べるモノすら手にできない者たちに、ある時はパンを、ある時は薬を、ある時は仕事を与えていた。よく愛し、愛されていたよ。だが彼は"救済"に心酔しすぎた。心美しき弱者に力を。祖父を慕っていたは、禁忌を犯した"救済者"にウイルスを投与され、ほとんどが死んだ」


「そん、な……。"V-2"は人工ウイルスではないって、世界のどの国もが認めて――」


「それはそうさ。なぜなら世界中のあらゆる研究者の知能をもっても、"人"の力だけでは再現しきれないのだよ。つまりだね、祖父は神のごとき"奇跡"を起こしたのさ。不運にもね。そして彼の得た奇跡は、もうひとつ」


 充希がとん、と自身の胸元を指さした。


「僕の血に、"ゼロ-ウイルス"を生み出した。……そのつもりはなかったようだけどね。それこそ本当に、"神"の与えた奇跡だったのかもしれない」


 ともかく、と。充希はベッドで眠る栃内を見遣った。


「僕は始まりを知っている。そして、終わらせる力を与えられた。血族の犯した罪は、僕が清算せねばなるまい」


 それが、充希を"生"に縛り付ける"呪い"か。

 彼はその身を、その血をもって、全ての"ヴァンパイア"を殲滅せんめつさせようとしている。祖父の"奇跡"を、つぐなうために。

 なんとも悲しく、途方もない。


「……そんな重要な真実を、俺に話してよかったんですか。場合によっては、世界に狙われますよ」


「巧人は僕を信用し、その過去を打ち明けこの手をとってくれたのだろう? 親愛なる相棒の告白には、僕も最大限の誠意をもって応えねば」


「そういって……俺に責任を放り投げているだけじゃないですか。不用意に真実を教えられてしまった俺の立場にもなってくださいよ」


「ふふ、それはすまない。しかし過去の巧人もまた、強制的にその生命線を僕に委ねていたのだがね」


「…………」


 あれか。充希の警戒を解こうと、この国の裏事情だーとそれらしく話したやつか。

 反論できない俺に、充希はしてやったりという風に笑んだ。俺は小さな反撃心から唇を尖らせ、


「充希さんの秘密を知ったのは、あなたの"パートナー"としての俺です。特異機動隊員としての俺は、何も聞いていませんから」


「それはいい」


 ご機嫌な様子で頷いた充希は「ならば今が好機かな」とふところに手を遣った。カーディガンの内側に、ポケットがあるようだ。

 何やらゴソゴソと探しながら立ち上がると、俺へと距離を詰めてくる。


「少々手を借りてもいいかな、巧人」


「手……?」


 不審に眉根を寄せながらも大人しく右手を差し出すと、カーディガンがら抜き出た手が、


「僕らの記念すべき日に、祝福を」


 ぐるりと回された掌に、布地の小袋が落とされる。紐で閉じられた、お守りよりもひと回り小さなソレは、彼から切り離したような漆黒色。

 よくよく見れば、中央部分が丸く隆起しているような……。


「……なんですか、コレ」


「僕からの謝罪と、誓いを証明したプレゼントだ」


「証明? ……まさか、指輪ってことはないですよね」


「開けてみるといい。それはもう、巧人の手に渡った。キミのモノだ」


(勝手に乗せといてよく言う……)


 本当に指輪だったなら、即刻クーリングオフしよう。俺は鼻息荒く結われた紐を解き、中を覗き込んだ。

 瞬間、息を詰めた。これは――。


「っ、"マリア"」


「気に入ってくれたかい? 巧人にとっては、指輪よりも価値がある"証"だろう」


 咄嗟に、声を弾ませる充希を睨め付けた。


「どうして」


「言った通りさ。巧人に黙って彼女に"救済"を与えてしまった謝罪と、僕らがこれから先の景色を共にすると誓いを結んだ祝い。そして――僕にとって、巧人が唯一無二だという証明だよ」


 充希はそっと、栃内の眠るベッドに手をかけた。


「この国で"マリア"を所持しているのは、この部屋の者だけだ。僕と巧人、そして彼女。美しき"バーベナ"は既にその体内に取り込んでしまったから、残るは僕ら二人だね」


 視線を俺に戻して、充希が軽く肩を竦める。


「巧人が到着する前、キミのボスから"照合用"にと提出を迫られたんだが、なんせこれはそう簡単に作れるような代物ではなくてね。申し訳ないが、丁重にお断りさせて頂いた。彼女に語った構造に嘘はないし、それは彼女を調べれば簡単に証明される。つまり渡さずとも僕が不利となる可能性はない。まあ、"照合用"というのも口実で、彼らは純粋に"マリア"のベールをあばきたいのだろうけどね」


 軽い調子でウインクを飛ばしてみせた充希に、俺はますます眉根を寄せる。

 これは俺への"牽制けんせい"だ。充希は上の意図も理解したうえで、"マリア"の提出を拒否した。

 つまり今後、上がいくら俺を通して"マリア"の提出を求めようと、応じる気はないという意思表示で――ん?


「気づいたかい? 巧人」


 含みを持たせた瞳が、毒をまばたかせ三日月を描く。


「その"マリア"は巧人のモノだ。好きにしたらいい」


「……念の為の確認なんですが、俺がこの"マリア"を上に引き渡そうと、異議はないと?」


「ああ、もちろんさ。巧人にとってそれが最善ならば、そうすればいい。自分に使うでも、誰かに使うでも、キミのボスに引き渡すでも、選択はキミの自由だ。なんせキミが"マリア"を所持していると知っているのは、この世で僕ただ一人だからね」


 優越感。それと、無責任にさいを振る、ある種の狂気を孕んだ興奮。

 それらをない交ぜにしたような笑みで、充希は俺を見つめる。

 腹立たしい。退屈凌ぎにしては手の込んだやり方で、俺は"ヴァンパイアキラー"の愉しい玩具おもちゃにされている。

 そして更に腹立たしいのが、俺のそうした憤怒をわかった上で、コイツは更にあおってくるのだ。


「不要なら、返品するかい?」


(うがああ殴りてえ……!)


 むしろ『ウチ式のバディ結成の儀式』だとか言って、一発お見舞いしてやるべきなのかもしれない。

 だがいくら"相棒"の契約を交わそうと、充希が護衛すべき"VIP"であることに変わりはない。


「……貰っておきます」


 小袋の口を閉じ、ひとまずベルト裏へとねじ込んだ俺を見て、充希が「そうかそうか、大事に愛でてくれ」と笑いをかみ殺しながら言う。


「返せっていったて、返しませんからね。後悔してもしりませんよ」


 悔し紛れの挑発に、充希は緩く首を振って、


「僕は僕における、最善の選択をした。後悔などしないさ。そうだね――」


 窓を見上げる、眩し気な双眸。


「巧人と僕が初めて共に迎えた、あの朝陽に誓うとしよう」


 白んだ陽光が、充希を照らして黒の輪郭を浮かび上がらせる。

 俺は一度、白に包まれた彼女の穏やかな眠りを見遣ってから、「……そうですか」と呟いた。

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