第27話朝焼けの真実
急く気持ちを必死に押さえつけながら、薄暗い入院病棟の廊下を足早に進む。
空気が冷たい。それに、患者はみな寝静まっているというのに、どこか落ち着きのない気配。
――それもそうか。
人が死んだんだ。それも、"ヴァンパイアキラー"が一枚かんでいる。
目的の病室を視界に入れ、俺は自嘲気味に口角をつり上げた。
扉横には見知った顔。清だ。そうだろうと思っていた。全ての事情を知ったうえであの人を"護衛"出来る隊員は、ごくわずかだ。
「……八釼さんは?」
これまで着用していた警備服ではなく、スーツ姿の清は前を見据えたまま、
「戻った」
「……そうか」
俺は視線を閉じられた扉へと向ける。
静かだ。それなのになぜか、わかってしまう。
――あの人が、呼んでいる。
腹底から這い上がってくる、緊張、後悔、それからたぶん、苛立ち。
俺は導かれた操り人形のように、扉に手をかけた。刹那。
「!」
息を詰めたのは、清が俺の手を掴み、止めたからだ。
驚愕に視線を跳ね上げた俺を、赤い瞳が射貫く。
「俺サマが行ってもいいんだぞ」
「っ」
驚いた。いや、清なら言うか。
俺への気遣い半分、あの人に"好き勝手"された苛立ちが半分、といったところだろう。
「……ふっ」
「んだよ、気持ちわりい」
「いや、悪い」
思わず笑みをこぼした俺に、清が益々苛立ちを募らせる。
「テメ、一発根性入れ直してやろうか」
「遠慮しておく。ちゃんと冷静だし」
ひとつ息を吐き出して笑いを引っ込めた俺は、清に「ありがとな」と礼を告げる。
おかげで少し、肩の力が抜けた。
「……清もわかってるだろ。俺が行かなきゃいけない。ここから先は、全て俺の責任だ。――頼んだぞ」
"もしもの時"は、切り捨ててくれて構わない。そう含めた俺に、清まますます眉間の皺を深くした。
沈黙は了承の証。俺は感謝の笑みを残して、今度こそ扉を開いた。
丸椅子に座する、黒い人影。彼はベッドに横たわるこの部屋の主を、静かに見つめている。
背にした窓外には、赤く色づき始めた空。
「よく来たね、巧人」
謳うように、優美な声が静寂を揺らした。眠る彼女へ配慮した子守唄のようだ。
俺は無言のまま部屋へ踏み込み、扉を閉めた。
いつもなら笑顔で迎えいれてくれる彼女は、瞼を閉じ黙したまま、微動だにしない。
「……"アバンチュール"じゃなかったんですか」
「僕は彼女と情熱的な一夜を共にし、美しき花を散らせた。立派な"アバンチュール"だろう?」
「!」
衝動。俺は奥歯を噛み締め、充希に詰め寄っていた。
憤怒に支配されるがまま、その胸倉を乱雑に掴み上げる。
「あんたの排除対象は……っ、"ヴァンパイア"だけだって……っ!」
「そうさ。僕の獲物は、血を求めた"ヴァンパイア"だけだ」
「ならっ!」
「落ち着きたまえ、巧人。だからキミを呼んだんだ」
「!」
紫の双眸がすいと流れる。視線の先には、バーベナを飾るあの花瓶。
「あれにはこの部屋の全てが録音されているのだろう? それと、カメラはあの壁掛け時計だな」
「! どうして、それを……」
「なあに、立場上いささか敏感でね」
充希が静かに立ち上がる。
「さて、巧人。僕のもとに来たということは、覚悟は出来ているのだろう?」
慈しむような目をしながら、愉悦につり上がる唇。
充希はベッド下から重量感のある布袋を引き出し、俺に差し出した。
「さあ、巧人。全てを知る時間だ」
布袋の中に入っていたのは、特異機動隊で管理しているノートパソコンだった。
おそらく八釼が用意したのだろう。そうでなければ、ここにあるはずがない。
窓際の長机に設置し開いて、セキュリティーコードを打ち込んだ。昨日ここには、彼女の退院を祝うためのケーキとシャンパンが乗っていた。
画面のロックが解除される。
まっさらなデスクトップに、見知った監視システムのアイコンがひとつ。
クリックすると、コピーされた映像データが入っている。おそらく、充希のいう"アバンチュール"がここに記録されているのだろう。
これもまた、八釼が用意したに違いない。
認証画面で、俺の個人IDと専用のパスワードを入力した。
認証しました。表示された文字を確認して、俺は再生の準備を整える。
画面に、この部屋の扉を開けた直後の、充希の姿が映った。再生を選択すれば、この静止画が動きだす。
「さて。心の準備はいいね、巧人」
操作権は俺にあるというのに、まるで運命の賽を握るのは自身だとでも言うような。
――冗談じゃない。決めるのは、俺だ。
「……始めますよ」
端的に告げて、エンターキーを押下した。カメラの映像が動きだし、音声が再生される。
充希はなぜ、栃内を殺したのか。全ての答えはここにある。
俺は一挙一動を逃すまいと、全神経を眼と耳に集中させて画面を見つめる。
だから、微塵も気付かなかったのだ。
徐々に明るく主張し始めた朝陽を、"ヴァンパイアキラー"が愛おし気に見上げていたことなど。
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