第22話哀しき復讐と未練②
ほら、言わんこっちゃない。
そんな意図を正しく察したのか、充希は弱ったような笑みで「すまなかったよ」と肩を竦めた。
「……このフロアの方々を、外に誘導頂けますか。上の方々は病室に」
俺の指示を受けた警備員は数度頷き、不安げながらも無線を片手に必死に誘導を始めた。
犯人は避難を始めた周囲の動きを把握しているだろうに、ナイフを持つ手で充希を拘束したまま、微動だにしない。
……つまり、標的はこの病院じゃない。
「巧人、巧人。キミが僕へ抱いた失望は痛いほど理解できる。挽回のチャンスをくれないか? いったい僕は、何をすればいい?」
「黙って大人しくしててください」
「よし、任せてくれ」
決意の眼で、充希が口を結ぶ。まったく、こんな犯人めいた台詞を自分が言う日がくるとは思わなかった。
ともかくコレで、場は整った。あとは生きるも死ぬも、俺次第だ。
「……キミが、あの手紙をくれたんだね」
俺の言葉に、微かにだが犯人の肩を揺れた。顔が上がる。
黒髪の、青年だった。二十代半ばくらだろうか。前髪の影に色を濃くした双眸の下には青みがかったクマがあり、唇はかさついて所々切れている。
「……どうして、アナタは生きているんです?」
小さく呟いた青年の声は、微かに枯れていた。
「僕の大切なヒトを殺したのだから、死ぬべきじゃないですか」
まっすぐ射貫く双眸に、確信する。青年の狙いは俺だ。充希じゃない。
(なら、俺に注意を引き付ければ、あるいは……)
「……キミはいったい、誰を殺されたことに怒っているのかな」
訊ねた俺に、青年は目を見開いた。どこか裏切られたような表情だった。
「……本気で、言ってるんです?」
途端、青年は
「は、ははっ。やっぱり、ただの偽善者だったんだ。いえ、詐欺師ですね。"VC"の為になんて、ぜんぶ嘘っぱちだったんだ」
怒りと憎悪。それと、微かな失望に顔を歪ませた青年に、俺は「……もしかして」と眉を顰める。
最近死んだ"VC"といえば。
「キミは、須崎……蓮くんの、友人か」
「……なんだ。覚えているじゃないですか」
青年の声に、微かな安堵が滲む。が、今度は捲し立てるようにして、
「ねえ、どうして蓮を殺したんです? 女を二人"吸血"したから? まさか。そんなチンケな理由じゃないですよね。どうして、なんで、蓮を殺さないといけなかったのか教えてくださいよ」
「……何か勘違いしているようだけど、蓮くんは心臓発作で亡くなったんだ。僕はもちろん、誰も殺してなんて……」
「殺したんだよ」
はっきりとした断言。向けられた双眸に、黒い闇。
「蓮が心臓発作? そんな嘘、僕は騙されませんよ。だって蓮ですよ? 蓮が噛んだあの日、朝まで一緒にいましたけど、ちょっと寝不足なだけで、いつも通り元気だったんです。病気だってない。なのに、いきなり心臓発作なんて、起きるはずない」
「……"吸血"によって心臓発作を起こすケースは、以前から各国で確認されているし、日本でも事例がある。残念だけど、蓮くんはその希少なケースに該当してしまったんだ。……大切な人を失った事実を受け止めるのは、簡単なことじゃないよね。でも、事実は事実として受け止めないと――」
「あなたに、何がわかるんです?」
蔑むような眼が、俺を射る。
「蓮は……蓮はですね。僕の、全てだったんですよ。なにもかもからゴミのように掃き捨てられていた僕を見つけてくれて、僕の曲を好きだと言ってくれて、それこそ命をかけて、歌ってくれてた。他の人の曲を歌えば、もっと有名になれたのに、それでも"俺が歌うのはお前の曲だけだ"って、ずっと……おにぎり一つしか食べれない時でも、笑って僕の曲を待っててくれたんです。わかりますか? 僕は蓮の為に生きてた。蓮は僕の心臓で、血液で、酸素だったんです」
悔しいのか、悲しいのか。充希に回る青年の手が、微かに震える。
が、彼は悲愴というよりは憎悪に満ちた顔を上げ、
「……アナタと一緒にいた、あの女。蓮に噛まれて、生き残ったほうですよね。女は助けたのに、どうして蓮は、見殺しにしたんですか」
「……見殺しになんてしてないよ。手は尽くしたけれど、助けることは出来なかった」
「ほら、やっぱりそうだ。アナタが、殺したんだ」
(……平行線、だな)
だが、わかった。この青年は、大切だった須崎の死を受け止めきれずに、誰かのせいにしたいのだ。それ故に"吸血"の現場にいた……須崎の死に立ち会った俺を"犯人"としたのだろう。
まあ、実際のところ、青年の読み通りに"死の理由"は別に存在するが……"ヴァンパイアキラー"を噛んだからとは、口が裂けても言えない。
(清は、まだか)
栃内の入院病棟は、この中庭のある本館とは渡り廊下で繋がった別棟だ。清はともかく、そもそも彼女が戻るにも時間がかかるだろう。
充希さんだけでも、守らなくては。
「キミの目的は、僕を殺すことかい?」
「……そうですね」
「なら、そのナイフは僕に向けるべきだ。キミが拘束しているその彼は、解放してくれないかな」
と、青年は目だけを充希に向けて、少し考える素振りをしてから俺を見た。
「……この人は、餌です。アナタを
「なら、余計に……」
「でも」
青年が、にたりと口角を上げる。
「俺、気付きました。気づいちゃったんですよ。俺はただ、アナタに死んでほしいだけじゃない。アナタには、"大切なヒトを失う痛み"を知ってもらってから、絶望して、絶望して、まずは心をぐちゃぐちゃ潰してから、死んでほしいんです」
青年がナイフを握る腕に力を込めた。艶めく刃が、充希の喉に押し当てられる。
目的は理解した。――それなら。
俺はベルトの内側から、携帯式の小型ナイフを取り出した。これまで何度も
回転させて刃を出した俺に、青年が小馬鹿にしたように鼻をならす。
「そんなモノ出してどうするっていうんです? アナタが突っ込んでくるよりも、僕がこの人の喉を
「……残念だけど、どれも違うかな」
俺はナイフの刃を、自身の首に押し当てた。同時に、青年が「なっ……!」と頬を強張らせる。
「キミの目的は、僕の心をズタズタに壊してから殺すことだって言ったね。なら、僕は自分で先に死のう。自分の決断に誇りを持って、大切なその人は自分の手で守れたんだと、幸せに浸りながら」
「――そんなの、ハッタリだっ! 出来るもんか!」
「充希さん。最期の最期まで巻き込んでしまいまして、すみませんでした。それと、あなたと一緒に働くのは、苦労も多かったですけど、なんだかんだ楽しかったです」
「巧人……」
「ふ、ふざけるな! そうだ! アンタが自分で死んだって、僕はコイツを殺す! コイツはアンタのせいで死ぬんだ!」
「例えそうだったとしても、先に死んでいる僕には知りようがない。僕の誇りは
これが最後だ。そう示すように、俺は未練や恨みなど微塵もない、清々しい微笑みを青年に贈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます