第14話バーベナの決意①


 八釼との調整の下、許可を得た時間に病室を訪ねると、彼女は待ってましたと言わんばかりに笑顔を咲かせて「来てくれたんですね」と迎え入れてくれた。


 まだ安静指示が出ているようで、昨日と同じくベッドの背もたれを上げる形で座っているが、腕からは点滴が外されている。

 昨日は乱れていた髪も、片側に寄せて束ねられていた。吸血を受けた首元にはまだ、ガーゼが貼られている。


「今日も手ぶらですみません。警察の方に聞いていたら、まだ駄目だと言われてしまって」


「まったく、この国の"警察"は頭が固い。なあ、巧人」


「……ホントですね」


「そんな、お気遣いなく。来て下さるだけで十分嬉しいです。どうぞ、入ってください」


「それじゃあ、失礼して」


 栃内に促され入室した俺達は、部屋の隅に置かれた丸椅子を手にベッド横へ向かい、窓を背にするようにして並べて座った。


「点滴、外れたんですね」


「あ、はい。食事も普通に取れているんですけど、まだ必要最低限しか動いちゃ駄目だって言われていて……」


「DNAレベルで細胞の変化があったんだ。"馴染ませる"には、時間を置くのが一番だからね」


 充希の言葉に、栃内は瞼を伏せて「そうですね……」と呟いたかと思うと、思い当たったように瞬いて、


「あの、ええと……相方さん?」


「ああ、僕としたことが、すっかり忘れていた。充希と呼んでくれ」


「それじゃあ、充希さん。お詳しいんですね、"VC"のこと。もしかして、お笑いだけじゃなくって、お仕事でも野際さんの相方だったりします?」


「僕は是非ともそうなりたいと望んでいるんだけどね。どう思う? 巧人」


(俺に振るのかよ……)


 国レベルで取り合っている"ヴァンパイアキラー"を相方に? 冗談じゃない。

 出来る事なら面倒事を起こされる前に、どこかに引き取ってもらいたいくらいだ。

 そんな本音など当然言える筈もなく、俺は苦し紛れに「……今はお試し期間ってところです」と返答した。


「だそうだ。巧人教官は厳しいな」おどけた風に充希が肩を竦めると、

「きっと直ぐに認めてもらますよ。だって二人、こんなに息ぴったりなんですから」栃内が口元に手を遣ってクスクス笑う。


 途端、充希が「おや」と目を丸くした。気づいた栃内が不思議そうに「どうしました?」と首を傾げる。

「いや」充希はとろりと双眸を緩め、


「笑った顔も実に愛らしいじゃないか。どうだろう? やっぱり僕の"アモーレ"に」


「ふふっ、充希さんは軽薄なキャラっていう設定なんですね。でも確かに、野際さんは雰囲気からしていかにも真面目さんって感じがするから、その方がバランスがいいですね」


「そう! まさにそうなんだよ! 硬いモノ同士がぶつかれば、どちらかが欠ける。だが片方が柔らかければ、受け止めた後に倒れないよう支えてあげられるだろう? 実に合理的で、美しい関係だと思わないか?」


 流されたプロポーズ、謎のコンビ論。

 いや、ダメだ。ここは突っ込んだら負けだ。

 まさか俺を指名したのは、充希が俺を受け止めて? 支える? 為だったのかとか訊きたいことは山ほどあるけど、ここは絶対に触れたら駄目だ。


 必死に耐えている合間にも、充希と栃内は和気藹々と言葉を投げ合っている。

 微妙に噛み合っていない気もするが、二人が楽しいのならわざわざ水を差す必要もないだろう。充希が余計な話題を口にしないかだけ注意しながら、気配を消して見守る。

 話題の中心がどうも俺のようだが、ここは何も言うまい。


「だからね、僕が思うに巧人はいっそのこと、バトラーのように燕尾服を着てみたらいいと思うんだ。そうすれば遠目から見ても巧人だと分かりすいし、初めましての相手には言葉なくとも成りを表す名刺代わりになるだろう?」


「あ、それなら私、紋付き袴も捨てがたいです。野際さん肩幅もしっかりありますし、似合うと思うんですよ」


「ふむ、これは悩みどころだ。そうだ、こうした場合は当人に選んでもらうのが、最善じゃないだろうか?」


「そうですね! 野際さん、燕尾服と紋付き袴、どちらがいいですか?」


 置いてけぼりの当人に向けられる、期待の眼差しが二人分。

 いや、どちらって言われても……そもそも、どんな状況だ。

 否定するにも気が引けて、俺は苦笑交じりに、


「どちらも仕事に支障をきたしそうなので、このままでお願いします」


「バトラーはあの燕尾服で様々な所用をこなすぞ! 何が不満だ!」


「あのですね……俺はバトラーではなくただの相談屋です。だいたい、燕尾服なんて窮屈そうですし、あの後ろのピラピラが邪魔じゃないですか」


「も、紋付き袴は……?」


「栃内さんまで……。袖も草履も、いざって時に動きにくいですし、ちょっと厳しいですね」


 いや逆に、何故そのチョイスでいけると思ったんだ二人とも。

 残念そうに項垂れる充希と栃内に嘆息して、俺は「仕事といえば」と切り出した。


「会社への連絡ってされていますか? 事情が事情ですし、もしまだのようでしたら、私が代理としてお話しますよ」


 穏やかだった栃内の頬が、瞬時に強張った。


「ええ、と」


 ぎこちなく宙をさ迷う視線。


「連絡、しました。なので、大丈夫です」


 ――これは、何かあったな。


 いや。そもそも、『大変だったね、待ってるからね』と平穏に済む方が稀だ。


「……"VC"への改変を理由にした不当解雇は、珍しくありません。私もこれまで何度も遭遇してきました。ご存知かとは思いますが、"VC"化を理由にした解雇は法律で禁じられています。そういうことでしたら、直ぐにでも抗議文を持って話し合いに……」


「いえ! 平気です、そういうのじゃなくて」


「なら、罵倒暴言ですか? その場合は精神的被害を訴えに……」


「巧人、巧人。いったんクールダウンだ。キミが彼女を大切に思っているのは分かるが、まずは話を聞こう」


「なっ」


 なんて言い方をするんだ……! 間違ってはいないが俺はあくまで彼女を助けたいってだけで、それ以上の感情は……!

 わななきながらも頭の隅で、熱がすっと下りていく感覚がした。

 ……確かに充希の言う通り、ちょっと熱くなっていたようだ。


「……すみません栃内さん。先走りました」


 咳払いをひとつ。すかさず充希が、「キミも知っての通り、彼は真面目な男でね」と茶化した笑みを栃内に向ける。


「……いえ。こんな……私なんかに気を回して頂いて、ありがとうございます」


 栃内が静かに頭を下げた。

 顔を上げたと同時に小さく息を吸い込むと、「……実は」と苦笑交じりに切り出し、


「辞めちゃったんです、仕事。なので、気兼ねなく入院生活を楽しめることになりました!」


「……え?」


 間抜けな声を上げた俺の代わりに、「おや、それはまた随分と思い切ったようだね」と充希が相槌を打つ。


「えと、その、本当に自主的に退職したんですか? 向こうからそうするよう、強要されたとかじゃなく」


「はい。紛れもなく、私自身の意志で辞めました」


 頷く彼女の声にも表情にも、嘘は感じられない。

 困惑交じりに充希へと視線を遣ると、彼も小さく頷いた。


 同意。つまり、彼女の言葉は真実だ。

 だからこそ、わからない。

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