第4話特異機動隊本部にて①

 到着した仲間の運転する飛行警備車両に乗せられ、俺達は千葉県浦安市の人工島にある特異機動隊の本部へと降り立った。


 東京ドーム三個分と広大な敷地を誇るここでは、身体から射撃まで多様にわたる訓練場は勿論、武器類や車両の管理、主に若手を対象とした宿舎等がある。


 映像とAIを駆使した最新の警備システムにて守られたゲートをくぐり、一番最初に目に入る八階建てのビル。そこが本当の意味での、本部だ。


 俺達が通されたのは、その三階。机と椅子、そして外部からの"観覧席"のみという簡素な部屋を興味深げに探索する彼に、俺は「お茶です」と湯呑を置きつつ声をかけた。

 上司が急遽用意させた高級茶らしいが、俺にはよくわからない。


「おや、日本の『取り調べ』では、どんな悪事をも悔い改める料理が振舞われると聞いていたんだがね。なんといったかな。こう、丸くて底の深い器に入った……ああ、そうだ。"トンカツ"」


「……カツ丼のことですかね。随分と昔にそうした人がいるって話は聞いていますけど、取り調べ室で被疑者に水またはお茶以外の飲食物を提供するのは禁止です。それと、今俺達がここにいるのはあくまで『重要参考人としての事情聴取』ですし……もっとも、それも今となってはただの建前たてまえですが」


 あの"ヴァンパイアキラー"が、日本にいる。


 その情報は直ちに警察庁へと報告され、現在、政府を交えて緊急会議の真っ最中だ。

 それもそのはず、この隣で不貞腐れている青年――もとい、充希・モレッティという"ヴァンパイアキラー"は、国が国なら王に次ぐ最高ランクの国賓として扱われる。


 理由は単純。そう簡単には"死なない"彼らをその血で容易に討伐とうばつしてみせる、唯一だからだ。

 なかには俺には一生かかってもお目にかかれない額を提示して、"勧誘"及び"雇用"をしていた国もあるらしい。


 つまり、粗相そそうは禁物。場合によっては、俺の首が飛ぶどころか国際問題にまで発展しかねない。

 そんな"爆弾"に好んで近づく者もなく(まあ、そもそも皆忙しく駆け回っているのだが)、絶賛正体を明かした俺は特異機動隊の本部で、彼と共に会議の終了と指示待ちだ。


 "取り調べ室このへや"に通されたのは、現状、警備面をかんがみてここが一番"安全"だからだ。


「そうか……昔、母に聞いてからずっと、いつか食してみたいと思っていてね。とんだ好機に恵まれたと思いきや、しょせん、幻は幻だったか」


「……ご所望でしたら、部下に言って用意させますよ」


「禁止なのだろう?」


「貴方は被疑者ではなく、この国の"ゲスト"ですから」


 ご機嫌取りのそれらしい言い訳で"可能"だと示唆すると、彼はちょっと悩んだ素振りをしてから、


「……ふむ。有難い提案だが、僕にはそれよりもお願いしたいことがある」


「なんでしょう」


「そのかたっ苦しい口調をやめてくれないかい? ええと、確か巧人と言ったかな。あの道の上ではもっとフランクだったろう?」


「……それは、貴方様が"そう"だと知らなかったからで」


「いいかい? 僕の母は確かにこの国の人だったが、僕にそうした話し方は教えてくれなかった。わかるかい? 難しいのだよ、僕にとって。正直さきほどから、キミの話す八割適度しか理解していない。僕はキミともっと円滑に、かつ友好的なコミュニケーションを取りたい。協力してくれないか」


「…………」


 随分と流暢りゅうちょうに話しながら、よく言う。というか、そっちこそなんだその妙な口調は。

 思ったが、俺は平然と胸中に押し込んで、


「……理解はしましたが、俺が上に怒られることになります。出来るだけ簡素にしますので、敬語調ってのだけは許してくれませんかね」


「……仕方ない。まあ、僕とてキミが責められるのは本意じゃないからね。それで手を打とう。ところで巧人、早速なんだが、一つ質問してもいいかい?」


「どうぞ」


「この島の住人は、ほとんどが"VC"なのかい? 少なくとも、この島に入ってから見た"N"……"ただの人間"は、キミ達だけだ」


 …………するどい。

 流石は世界的を渡り歩く"ヴァンパイアキラー"、といったところか。


「……この島は五年前に建設されたんですが、今いる住人の九割は"VC"です。治療薬はない、差別も根強い。そんな中、"VC"の不満が爆発する前にと政府が立案しましてね。当時から"夢と平等"を謳っていた浦安市長が、建設地として立候補されたそうです」


「だが、既にこの地に根を下ろしていた"N"からは、反発があっただろう?」


「それは、はい。いくら新設の人工島とはいえ、目と鼻の先に"VC"が集まるなんてと出ていく方々も多かったそうですよ。ですが結果として、抜けた所には"VC"、または理解のある人々が集まりましたからね。国からの補助金も出ていますし、市の成長戦略としては大成功だそうです」


 彼は「それは素晴らしい」と手を叩いて、


「"彼ら"は自己治癒力が高く、おまけに長寿だからね。このままだといずれ、"VC"が過半数を占める世界になってもおかしくはない。その市長は"N"かい?」


「ご本人は"N"ですが、ご家族に"VC"が」


「なるほど。"不幸中の幸い"というやつだな」


 納得したように頷いた彼は、椅子を引いて腰掛けると、緑茶をすすった。


「うむ、懐かしい味だ」


 どこか嬉しそうに目元を細める。

 本当に、この青年があの"ヴァンパイアキラー"なのか。そう疑いたくなるような、あどけなさで。


 と、突然。外が騒がしくなった。

 扉が開かれる。入ってきたのは顎周りに髭を蓄えた、大柄な男だった。

 身長だけではない。特異機動隊の特殊スーツを纏う身体は厚みがあり、瞳には意志の強さが爛々らんらんと宿っている。


 男の名は八釼勇やつるぎいさむ。俺の上司で、特異機動隊長。ここの最高責任者だ。

 八釼は彼に向かって「失礼致します」と低頭すると、


「ご挨拶が遅くなりまして、申し訳ございません。警視庁警備部特異機動隊長、八釼勇と申します。不躾で申し訳ありませんが、先ずは場所を変えましょう。このような所でお待たせしてしまった無礼をお許しください。こちらへどうぞ」


「僕はここで構わないが? 話し合いの"外身"など重要ではないだろう?」


「ですが……」


 困惑に詰まった八釼を目だけで見遣り、俺は小さくため息をつく。


「……各国がこぞって取り合う"超VIP"を"取り調べ室"でもてなしたなんて、他国に知られたら良くて大バッシング、下手すれば国際制裁ですよ。大人しく協力してください」


「こっ、麻野! おま、無礼は禁物だと先ほど――」


「ああ、巧人を責めないでやってくれ。この話し方は僕が頼んだ。そうか、それは気が回らなかった。同行しよう」


 今度こそ席を立った彼をみて、八釼はあからさまに安堵の表情を浮かべた。

 "瞳の感情をも殺す"と名高いこの人が、"対象"の前でこんなにも緊張をあらわにするなんて。


「巧人、キミも来るんだろう?」


 ……どうなんだ?

 はたして同席しても平気な内容なのかと、眼に疑問をのせ八釼へと投げると、力強い首肯が返ってくる。


「……ええ、俺も行きます」


「そうか。なら案内を頼む。ええと、何処へ行けばいいのかな?」


「っ、応接室へ」


 八釼の言葉に頷き、俺は「行きましょう」と先頭立って扉を開けた。

 どこかご機嫌そうな青年が続き、その背を守るようにして八釼が歩を進める。


(……なんか、妙に懐かれてないか?)


 脳裏で警告音がウォームアップを始める。

 面倒なことにならなきゃいいが。

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