第2話望まぬ会遇②

「ああ。気は失っているけど、まだ脈はあるよ」


「ふーん……。なら、俺達の"仲間"になる可能性が高いね」


「……まだ、わからないよ。三時間経ってみないと」


 "V-2"による遺伝子変異は、三時間を要する。

 即死を逃れたとて、生き残れるかどうかは、時が過ぎるまでわからない。


「それもそうか」


 思い出したように首肯した彼に、俺は「良かったら、名前を訊いてももいいかな?」と問うた。

 発狂するでも自暴自棄になるでもなく、至って冷静。逃げる様子を見せないどころか、会話を投げかけてきた。


 こちらに興味を持っている証拠だ。

 にらんだ通り、彼は特に警戒する素振りもなく、


「あー、俺? 俺は須崎蓮すざきれん


「須崎くん、だね」


「蓮でいいよ。須崎のほうは、呼ばれ馴れてねーから」


 言いながら須崎は女性の傍らへしゃがみ込み、自身の膝を台にして頬杖をついた。


「そういや俺もさ、しんどすぎて割とすぐ意識失っちゃって、変化中のことは全然覚えてないんだよね。起きたら手も足も真っ白になってて、けどビックリするより先に、『あ、生きてた』って思ったわ」


 須崎が自身の首元に手を這わす。


「妙に喉が渇いてて、けど、水を飲んでも全然駄目でさ。したら、オレが起きたことに気づいた看護士さんが、そっこー輸血してくれたのよ。したら、さっきまであんなカラッカラだったのに、一気に満たされてんの。あー、なるほどこれは"吸血鬼"だわって妙に納得したんだよなー」


「……辛かったかい?」


「ん? んー、特には。毎日の"輸血"は面倒だけど、元々"はみ出し者"の俺にとって、日常はそう変わんなかったよ。むしろ、なーんもしてねーのに力は強くなったし、足だって速くなっただろ? 体力だって有り余ってっから、あんま寝なくても作曲とか歌の練習とか、バリバリ出来るしさ。そうそう、彼女だって出来たんだぜ? この髪と眼がめちゃくちゃカッコいいんだと。な? 正直、良いこと尽くめ」


 にっと歯を見せて笑う須崎からは、"VC"への肯定的な感情しか読み取れない。


「……なら、どうして"吸血"なんてしたんだい? 現状、この国では違法行為だ。おまけにキミは既に、女性を一人死なせている。……禁錮十年は固い。蓮くんだって、知っているだろう?」


 発した問いには、二つの理由があった。

 一つ目は、"VC"としての生活を謳歌していた彼が、どうして"吸血"行為へ及んだのか知るため。

 二つ目は、特異機動隊なかまが到着するまでの、時間稼ぎ。

 須崎は少しだけ考える素振りをしてから、


「昨日、友達と遊んでたら"輸血"を忘れちゃてさ。サプリも持ってきてなくて、でもそのまま飲みに行って朝までって感じだったから、まあ帰ってから"輸血"すりゃいいかーって思ってたんだよね。で、昼前に起きて、帰ろーと思ってたら、彼女から連絡来ててさ。それで今日デートだったわって思い出したのよ。ウケるでしょ?」


「…………」


(もしかして、さっきの女性は……)


「でまあ、待ち合わせ場所近いし時間もヤバいし、会ってから一緒に家いけばいいかーって思ったんだけどね。会ってみたらさあ……。ま、仕方ないよね」


「仕方ない、か」


「だってさ、こっちはオール明けでぶっちゃけ眠てーし、すんげー喉渇いてるし。そんな時に"美味そう"な首元見つけたら、そりゃガブっていくもんでしょ?」


 罪悪感の欠片もなく、須崎は「それにさ」と小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、


「アイツ、ずっと一緒にいたいからいつでも噛んでいいよって言ってたし、つまりこれって合意の上ってことじゃん? なのに勝手に死んでさ、どっちかーつーと、被害者は俺でしょ」


「……"VC"に噛まれ、ウイルスに感染した場合、生存率はたったの三割だ。殆どが死ぬ。小学校で習う、最早一般常識だろう?」


「んーそうなんだけどさ」


 須崎はニッと笑って見せた。


「"運命の相手"だから、死ぬ筈ないんだって。でも死んじゃったし、違ったみたいだね」


「!」


(こいつ、恋人をなんだと…………!)


 瞬時に沸騰する腹の底。

 フラッシュバックする、忘れられない、忘れられる筈のない、唯一無二だった姉さんの笑顔――。


 膨れ上がる嫌悪と怒り。だが俺はただ冷静に、「なら、この彼女は?」と問うてみせた。

 こうして身勝手な"VC"に出会ったのは、なにも初めてじゃない。むしろ、数え切れない程見て、話してきた。


 息を吐いて吸うように、"本心かんじょう"など、殺せる。


 押し付けたジャケットから染み出る血液が、俺の掌を赤く染めていく。

 須崎は少しだけ双眸を細めてから、視線を外して肩を竦めた。


「話しかけてきたのは、そっちだよ。それもさあ、"血を飲んだでしょ"ってさび付いたブランコみてーにキーキーうるさっくて。あんまりにも耳障りだから、噛んじゃった。……ついでにちょっと飲ませてもらったけど、ま、自業自得でしょ」


「……話を聞かせてくれてありがとう。残念だけど、この二件の吸血行為は全て、キミの身勝手な"犯行"だと言わざるを得ない。状況によっては、"VC"に理解のある弁護士を紹介しようかと思ったけど……キミには出来ない。しっかり法の裁きを受けて更生を――」


「ねえ」


「!」


 耳横で聞こえた声に、驚いて視線を遣る。

 先程まで数メートル先に立ってた須崎が、ニタニタと笑みながら見下ろしていた。


「その手。放したら、その人って死ぬ?」


「……傷口が深いのか、出血の量が多い。何もせずに放っておけば、病院まで持たないかもしれないね」


「ああ、ゴメンね。そういうつもりじゃなかったんだけど、結構イラついてたからさ。……そんでね、実は今も、結構面白くない感じでさ」


「っ」


 ――ヤバい。

 経験から不穏を悟った本能が、警告音を鳴らす。


「どっかでさ、一度"生き血"の味を知ったら、"輸血"なんかに戻れないって聞いたことあったけど、それって結構本当っぽくってさ。俺も、正直これから"輸血"だけで我慢できるかって言ったら、微妙なんだよね。どーせ捕まることになるならさ、今のうちに吸えるだけ吸っておいた方が利口ってやつじゃん?」


「……罪を重ねれば、それだけ罪状は重くなるよ」


「どーせ二人三人"吸った"ところで、拘留期間が延びるだけだろ? なかなか老いない"VC"にとっては、十年も二十年も大して痛くないしさ」


 俺の首筋を、意味ありげな指がつうとなぞる。


「"VC"相手に相談屋してるんだったら、自分も"VC"になった方がより分かり合えると思わない? ホラ、名案。だからさ、選ばせてあげる」


(考えろ、考えろ、考えろ。出来ることは、選べる手はなんだ)


「"俺達"への愛が偽善じゃないって証明する為に噛まれるか、自分の身かわいさに、その人を見捨てて逃げるか」


(どうする。銃を使うか。いや、それは"最終手段"だ。まだ、他に手が――)


 楽し気に笑んだ彼の口内で、鋭利な牙が光る。

 俺の焦燥を嘲笑うように、ゆっくりと近づくそれに俺は覚悟を決めた。


 ――銃を抜く。

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