選ばれた子、選ばれなかった子23

「はぁ……事情はだいたい分かりましたが……」


 許靖は唐突な人生相談に巻き込まれ、はっきりと困り顔をしていた。


 つい先ほどまで風流な庭園を楽しみつつ談笑していたのだが、突然引っ張って来られてこの重い話だ。


(復讐を諦めきれない元暗殺者の今後など、無茶振りが過ぎないだろうか)


 数々の人物鑑定とともに様々な助言を行ってきた許靖でも、そう思ってしまった。


 徐林は徐林で、突然連れてこられた人物鑑定家だという男を訝しげに見ている。胡散臭いと思っているのだろう。


 その表情を見て、桃花が許靖のことを補足した。


「綝は月旦評げったんひょうって聞いたことない?」


「え?ああ、それなら聞いたことあるけど……もしかして、許靖殿ってあの月旦評の?」


「そう、あの月旦評の許靖様」


 『月旦評』は現代の辞書にも『人物の批評や品定めをすること』などという説明とともに載っている。


 そういう一つの単語になるほどのものだから、徐林も聞いたことくらいあった。


「結構な名士に相談に乗ってもらえてるんだな……」


 多少の信用は得られたようだが、そもそも解決できる見通しがはっきり持てない許靖としてはむしろ困る。


「いえ、私の話など座興程度の価値しかありませんよ。期待しないでください」


 手を顔の前で振ったが、張飛がそれを否定した。


「本人はこう言ってるが、そこらの占い師とはわけが違うから本気で聞いたほうがいいぞ。許靖殿は瞳を見るだけで相手のことが分かるんだ」


「瞳を?」


「ああ、そこに人の本質を表すものが映るらしい」


 初対面でそう言われても信じる人間などいないだろう。


 そう思った許靖はまた手を横に振った。


「そういう妄想を座興として話しているだけですから、軽い気持ちで聞き流していただければ」


 その物言いはむしろ胡散臭さを減じさせたので、徐林は話を聞いてもいいと思った。


「俺の瞳にも何か見えるんですか?」


 問われた許靖はあらためてその瞳を見つめ、少し悲しげに目を伏せて答えた。


「そうですね……あまりないくらい胸の痛くなる光景が見えます」


「胸の痛くなる?」


「子供が泣いているのです。広い荒野を子供が一人、泣きながら歩いています」


 徐林の瞳に見えた「天地」はそういうものだった。


 子の泣き声というのは心を引っ掻いてくる。涙と声とが許靖の胸を締め付け、痛いとすら感じた。


 徐林はその光景を思い浮かべながら再び尋ねた。


「子供が……それはなぜ泣いているんですか?」


「おそらく親を探して泣いているのだと思います。親を呼びながら荒野をさまよっていますから」


 そう言われた徐林はドキリとした。


 自分の一番求めているものを言い当てられたと感じた。


(正直に言うと、復讐なんかよりも父さんに帰ってきてほしい)


 それが徐林の本音だ。


 しかし叶うはずのない望みなことは明らかで、だから徐林は夏侯淵を苦しめることにこだわってしまっている。言ってみれば、ごまかしだ。


 そういう気持ちを見透かしたように、許靖が言葉をかけてきた。


「徐林殿は復讐を望んでいるとのことですが、私から見ればそれが果たされたとしても徐林殿が満たされることはありません」


 徐林は自分でもそうかもしれないと思いつつ、それでも復讐を捨てきれずに反論した。


「でも、俺はあいつを許すことができません」


「許すことと復讐することは、必ずしも一貫していなくとも良いことです。多くの人の多くの憎しみは許すこともなく、復讐することもなく、ただ時が解決します」


「つまり、ただ我慢して生きろと言うんですか」


「そうしろとは言いませんが、復讐することよりも徐林殿の苦しみが本質的に解決することを目指して生きた方が有益なのは間違いありません」


「俺の苦しみが本質的に解決するって言っても……」


 父は死んだ。どうやっても帰っては来ないのだ。


 だから自分が本質的に満たされることなどない。


 徐林はそう考えたが、ここで桃花が言葉を挟んできた。


「綝は伯母様のことは嫌いじゃないんだよね?それなら伯母様と住むっていうのは……」


「それだともれなく夏侯淵も付いてくるだろ」


「……だよね」


 桃花も自分の思いつきが浅はかだったとすぐに理解した。


 伯母がとても喜んでいたというのが印象的だったから、ついそんなことを考えたのだ。


 許靖は二人の会話から、実の父母を解決策にするのが難しいことは理解できた。


「もし徐林殿が親代わりと思える人でも現れれば、満たされることもあるでしょうが……」


「この齢で親代わりは無理でしょう」


「……そうですね、私も難しいと思います。ならば少し視点を変えた目標を立てるのがいいかもしれません」


「視点を変える?」


「徐林殿が本質的に大人になるのです。普通、人は大人になれば独り立ちして親を求めなくなります」


 それを聞いた三人は『なるほど』と思ったが、同時に疑問が湧いた。


 その疑問を一斉に口にする。


「「「どうやって?」」」


 許靖は見事に重なった声に笑いつつ、自分の思う最も確実な大人になる方法を答えた。


「子の親になることです。そうすれば、多くの人は大人になってしまいます」


 先ほどは三人同時に『なるほど』と思えたのだが、今回は二人だけだった。


 実際に子の親になっている張飛と桃花だ。


 この二人は納得顔だったが、徐林一人だけは要領を得ない顔をしている。


「つまり、結婚して子供を作れと?」


「私としてはそれをお勧めしますよ」


 徐林は思わず口の端を上げた。


「なんか……復讐に繋がるような生き方を相談して、結局勧められたのが結婚と子作りって……」


 話をはぐらかされてしまったようにも思える。


 一度は許靖の人物鑑定眼にドキリとした徐林だったが、こうなるとまた胡散臭く思えるのも仕方ないことかもしれない。


 ただ桃花の方は話を聞いて、それがいいと心から思った。だから従兄のために許靖の案を推した。


「そうしなよ。もし相手がいないんだったら紹介するし」


「うーん……そう言われてもな……」


「結婚っていいものだよ?別にこういう話を抜きにしても、したらいいと思う」


 徐林はなんだか惚気のろけられたように感じた。


 幸せな従妹をやや鬱陶しく思いながら、許靖の能力を探ってみる。


「そういえば、桃花の瞳には何があるんだ?この様子なら許靖殿に鑑てもらったことがあるんだろ?」


 桃花はなぜか照れたように笑ってから答えた。


「私?私はね、明るく元気に咲くタンポポ」


「タンポポか。そういえばそんな感じかもな」


 その明るい花色を思い浮かべると、なんとなくだがはまっている気はする。


「うん。それでね、張飛さんが大地なの。タンポポは大地深くに根を張って、その根さえあれば生きていけるからお似合いなんだって」


「……へぇ……」


 また鬱陶しく惚気けられたと感じた徐林は、許靖の能力まで怪しいような気がしてしまった。

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