第170話 接待と圧力
「色々と有意義な晩餐でした。本当に、ありがとうございました」
趙才はまず許靖に向かって礼を言った後に、居並んだ女たちに目を向けた。
「しかも、こんな美しい見送りがあるとは。いやありがたい」
女たちは美男子の趙才が言う世辞に黄色い声を上げた。
許靖が今後の仕事のやる気に繋がるだろうと、料理をしてくれた者たちを呼んで見送らせることにしたのだった。効果は抜群だったようだ。
趙才は別れの挨拶を言って踵を返そうとしたが、ふと立ち止まって女たちを改めて見渡した。
「……皆さん、同じ作家の装飾品をつけられていますね」
趙才の言う通り、女たちは全員が陶深の作品を身に着けている。
首飾りや髪飾りなど品は様々だが、皆どこかしらに陶深の作ったものがあった。
許靖は趙才の目の良さに感心した。
「すごい、よくお分かりですね。確かに陶深という作家の品をつけています」
「やはりそうですか。多少作風が変わっていますが、私がいただいた手土産の飾り物も陶深先生の作品ですね?」
「おっしゃる通りです」
「私は商人として装飾品を扱うことも多いのですが、陶深先生の作品は人気で良い値がつきます。そうそう手に入るものではないのに、これだけ集めるのは大変だったでしょう」
許靖や女たちは笑った。その場に小芳もいたが、特に可笑しそうだった。
一家揃っての愛好家だと思われたのだ。確かにこの家の女たちは陶深の作品が好きだったが、装飾品の愛好家になれるほど銭持ちではない。
朱亞が顔の前で手をパタパタと振った。
「いや、あたしたちは……」
「おや、お客さんかい?」
朱亞が説明しようとしている所へ、ちょうどその陶深が通りかかった。
寝ぼけ眼で寝癖をつけて、いかにもちょうど今起きました、といった様子だ。
(そう言えば作品作りで昨晩は徹夜していたな。間が良いのか悪いのか分からないが、相変わらず妙な時に現れる)
許靖はそんな陶深の肩に手を置いて、趙才へ紹介した。
「趙才殿、先ほど言っていた陶深です。こんな寝起き姿で失礼ですが」
「……は?」
趙才は許靖の言っていることがすぐに理解できず、顔に似合わない間抜けな声を上げてしまった。
陶深は気にせずぼぉっとした声で自己紹介した。
「陶深です。装飾品の作家をやっています。いや、本当に寝起きで失礼しました」
「……陶深先生?」
「はい、陶深です。先生と言われるような偉い人間ではありませんが」
「こ、ここに住まれているので?」
「ええ。僕は許靖の……何というか、弟のようなものなので」
趙才は事態を理解すると、素早く陶深の手を取った。
そしてそれを握り締めながら早口にまくしたてる。
「私は趙才という商人です。陶深先生の作品には日頃から大変お世話になっております。もしよろしければ、うちで独占的に先生の作品を扱わせていただけませんでしょうか?」
陶深は握られた手から『逃さないぞ』という気持ちを感じ取ってたじろいだ。
捕食されそうな小動物のような気持ちだ。
「え?いや、えーっと……」
「もし独占的に扱わせていただけるなら、その分かなりの買取額を上乗せさせていただきます。」
陶深は握られていない方の手で頭を掻きながら、困ったような声を上げた。
「あー……申し訳ないけど、どこかだけに卸すのはしないことにしているんだ。以前にそれをやって価格を釣り上げられたことがあってね」
「でしたら、毎月一定数を卸していただくことにしていただければ、それだけでもいくらか上乗せさせていただきます」
「それなら、まぁ……でも、えーっと……ぐぇっ」
まごつく陶深はいきなり横から押され、床に倒れた。
見ると、小芳が夫を両手で突き飛ばしている。
小芳は倒れた夫には見向きもせず、懐から紙と筆を出してサラサラと何かを書いた。それを趙才へ見せる。
「これが、この数で、このくらいの金額ならどうかしら?」
銭が絡んでくると陶深は弱い。その辺りの管理は小芳がしていた。
趙才も趙才で倒れた陶深を気にせず、小芳の書いた紙をまじまじと見ている。商人の本能的に、こちらの方が交渉相手だと見抜いたのだろう。
そして筆でそこにサラサラと書き込む。
「ここがこのくらいだったら、もう少しありがたいのですが」
「むぅ……なら、これをこのぐらいにするのはどうかしら?」
「なるほど。でしたらここの数字が……」
許靖は商談を進める二人を見て、一つの懸念が浮かんだ。
(そうか。太守の身内が商売をしていると、それを高く買い取って私への賄賂のようにしようとする人間が出てくるかもしれない)
許靖は賄賂を受け取らないが、だからこそ色々な手段で媚びてくる人間も現れることだろう。そういったことは出来るだけ避けたかった。
(一応、注意はしておくか)
そう思い、二人に声をかけた。
「お二人とも。陶深の作品を売買するのは構いませんが、あくまで適正価格で……」
「許靖さん、ちょっとうるさい黙って」
「許靖様、商談中ですので少々お待ちを」
二人から言下に叱られた許靖はうつむいて黙るしかなかった。太守という立場がよりいっそう許靖を不憫にする。
そんな許靖の足を、倒れた陶深が慰めるように叩いてくれた。
(……この分なら賄賂になることは無さそうだな)
そこには安心できたものの、ぞんざいに扱われた太守を見た女たちからは忍び笑いを漏らされていた。
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