第62話 董卓
「
後日、周毖の執務室で二人きりの時に許靖はそう尋ねた。
問われた周毖はニヤリと笑うだけで答えない。それだけでおおよそのことは分かった。
(やはり、袁紹殿と内通されているか)
袁紹はあの後、他の官僚たちからの勧めもあって
「全体の人事を見直そう」
周毖はそう言って許靖との間にある卓に、漢帝国の地図が書かれた大きな布を開いた。
国全体を上から俯瞰するような地図だ。周毖がそこに人名の書かれた札を置いていく。
「
都たる洛陽の北東から南側へぐるりと回るように札が配置されていく。
皆、董卓政権になってからの名士優遇政策で、周毖と許靖とが選んで赴任させた男たちだ。
「そして、袁紹殿が渤海太守」
札こそないが、今回これで洛陽の半分を囲む札が一つ追加されたことになる。
許靖は周毖の瞳を見た。
その奥の「天地」では、広い碁盤の上に白黒の石がコツコツと置かれていっている。
この『碁』こそが周毖の瞳の奥の「天地」だった。高い計画性と優秀な頭脳を示しているのだろう。
そして今、目の前に広がる地図上にも、周毖が碁の石を置いていくように札を置いていった。
その札に書かれた官吏たちがその役職にあることに、許靖自身も異論はない。
配置などに関しては多少周毖と意見の合わないところはあるが、全て第一級の能力と胆力を持った男たちだ。許靖からみてもその職にふさわしい人間たちであるといえる。
(しかし……)
許靖はずっと心に浮かんではいたが言い出せなかったことを、今日口に出すことにした。
「これは……戦になりませんか?」
言われた周毖は先ほどと同じように、ニヤリと笑ってみせた。そして何も答えない。
(初めからそのつもりだったのか)
許靖は自らの不明と、今日までそれを問わなかった意気地のなさを呪った。
周毖と許靖が行った人事の配置は、洛陽の東側半分を囲うようになっている。ちなみに反対側は涼州で董卓の元々の勢力圏だ。
(これはそのまま戦の配置図だな)
札の一枚が一軍だと仮定すると、東側から董卓を攻めるような格好になっていた。
許靖は人事を進めるにあたり、本人の能力や人格、治める地方の課題、現職者の問題点などを考慮し、行政が改善するように検討していった。
しかし、周毖は董卓の包囲網を作る前提でその配置を検討していたのだ。
(今考えてみれば、思い当たる節がいくつもある)
人材自体の検討は許靖が主に行っており、周毖もそれには全幅の信頼を寄せてくれた。しかし、周毖の反対で弾かれていた者たちもいる。
それは能力があっても気の弱い人間たちだ。能力があるだけでなく、胆力もある人間。周毖に選ばれたのは、許靖がそう評した男たちだ。
許靖は初めに董卓から、
「本物を見極めろ。偽物は捨てろ。お前はそれだけをやればいい」
と言われている。
つまり許靖の仕事は人物鑑定が主で、実際の配置などの最終決定権は周毖にあると認識して働いてきた。それで意見が合わない場合は全て周毖の言を優先させた結果、このような事になってしまった。
おそらく将来的には董卓に対抗するための連合が作られる。その際に賛同して挙兵してくれるような人間を、許靖の見出した人材の中から周毖がさらに選定していたのだろう。
そして、それは見事に周毖の図にはまっている。
「
周毖が残念そうにつぶやいた。
荀爽は元々平原郡に赴任するはずだったが、董卓の指示で赴任途中で呼び戻され、中央政府で働くことになっていた。
周毖がこう言っているということは、荀爽にはすでに董卓に対抗するための話が通っているということだろう。周毖と袁紹と通じているのは分かったが、思っていたよりも内通者は多いのかもしれない。
人物鑑定である程度人格を知っている許靖としては、札に書かれた男たちの全員が周毖と繋がっているとは思えなかった。
しかし、確かに周毖の期待している通り反董卓連合ができるならば、賛同しそうな男たちではある。
「許靖殿のおかげで本当に良い人材が選べた。感謝している」
周毖は本心で感謝を口にしているのだったが、許靖にとっては皮肉にも聞こえてしまう。
「あの……周毖殿。私も現状が良いとは決して思いません。しかし、戦になると人が死にます。そういった方法はできるだけ避けたほうがいいと思うのですが……」
周毖は人の好い笑顔を許靖に向けた。
「許靖殿は聞いていた通り、優しいな。だから黙っていたのだ。しかしあなたが心配することは何もない。『反董卓連合』の計画は今のところほぼ予定通りに進んでいるし、何かあっても責任は私が取る。大丈夫だ」
(聞いていたのは『優しい』ではなく『臆病』ではないだろうか)
そうは思ったが、それを言わない周毖もきっと優しい人間ではあるのだろう。
ただ、許靖には一つ不安があった。
(周毖殿は思いついた計画に熱中し過ぎてしてしまう傾向がある。その集中力が長所でもあるのだが、碁盤ばかりを見ていれば逆に周囲が見えなくなることもあるだろう)
少なくとも許靖から見れば、そのように思えることもあった。
(世界が碁のように、決まりごと通り動いてくれればいいのだが……)
不安が顔に出ている許靖の肩を、周毖がぽんと叩いた。
「そんな顔をするな。気分転換に一局どうだ?他のことに頭を集中させれば、余計なことは浮かんでこなくなるぞ」
そう言って碁石を打つ真似をした。
周毖の碁は恐ろしいほど強かった。相手の力量を見極めると、わざと接戦に持ち込む。必ず良い勝負になるので、周毖との碁は誰もが楽しめた。
しかし、今の許靖はそんな気分にはなれない。
「いえ、仕事の話をしましょう。細かい人事にはまだまだ課題が多くあります」
そう言って、仕事の事で頭を満たして余計なことを考えないようにしようと思った。
しかし、周毖の口にした一つの単語がどうしても頭の片隅にこびりついて離れない。
(『反董卓連合』か……)
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