第5話 ロリコンドMは振り返らない
――晴日、晴日目を覚ましてくれ。晴日!!
そんな声とともに鼻のあたりに違和感を感じる。さっきの虫とは違ってちょっと痛い。それになんだか唇は柔らかいものが当たってくすぐったい。
私が起き上がろうとすると、
「いてっ!」
私の頭は夏樹のおでこにゴンという音を立てて勢いよく衝突した。
夏樹は「いってぇ」とおでこを擦っている。
「あ、ごめん……大丈夫?」
「大丈夫? っじゃねえよ、馬鹿!!」
物凄い形相で夏樹は捲したてる。
「どんな辛いことあったか知らないけどな、死んだら何もかも終わっちゃうんだぞ!! それに……」
夏樹は何かを言いかけて逡巡している。
そんなことよりも。
「え? 死ぬって何のこと? 高いところから飛び降りれば身長が縮むって思っただけだよ?」
スマホの写真フォルダを見て夏樹がよく橋の上から川に飛び込んでいるのを思い出した。
夏樹はバスケ部なのに男の子の中ではそんなに身長が高い方ではないからそこに身長が縮む鍵があるんじゃないかと思ったのだ。
そんな恐ろしい考え私には思い浮かばない。考えただけでゾッとするくらいだ。
それを伝えると夏樹はぽかんとしている。やがて何かを思い出したように、
「な、なんでそんな身長縮める必要があるんだよ!! 別にモデルみたいでかっちょいいじゃんか!! それともなにか悩んでることならまず幼馴染の俺に相談しろよ!!」
その夏樹の言葉に私の中で何かが弾けた。
「そ、そんなことできるわけないよ!!」
こんなこと言いたいわけじゃないのに次々と私の口が醜い思いを紡いでいく。
「夏樹がドMでロリコンなのがいけないんだよ!! 香坂さんみたいなちっちゃくて女王様みたいな人が良いんでしょ!! じゃあ背が高くてぬぼーっとしてる人はどうすればいいの!!」
夏樹は驚いたように目を丸くしたまま何も言わない。
その沈黙が嫌で私の口はまだ動くのをやめない。
「私はただ、ただ夏樹に振り向いてほしかっただけなのに!! だから少しでも身長を縮めようと橋から飛び込もうとしただけなのに!!」
まだ夏樹は口を開かない。
きっと嫌われたに違いない。友達とすらいれないかもしれない。
でもこの、夏樹への思いだけは無碍にできなかった。独りよがりだけど伝えられただけよかったかもしれない。
私は立ち上がり夏樹に背を向け歩き始めた。これ以上ここにいても夏樹を困らせるだけだ。
「あれ嘘だったんだ」
「へっ?」
思わず振り向いてしまう。
それこそ嘘だ、そう言おうとしたけど夏樹の顔を見たら言えなかった。真剣そのものだったから。
それでも私の捻くれた口は屁理屈を絞り出す。
「でも香坂さんとなんかいい感じだったよ……」
「そりゃ撫子は俺の従兄弟だし。あいつあんな性格だから転校したては一緒にいてやらないと大変だからな」
「じゃ、じゃあなんであんな嘘ついたの?」
「いや、そのそれはあの……俺ってわかりやすいから一目惚れバレたくなかったんだよ。それにあのキャラ案外ウケてたし……」
風の音が聞こえるほどの沈黙が訪れる。
目のやり場に困る。今までは普通に見れたのに今は夏樹の顔を直視できない。
夏樹も夏樹できまりが悪そうに頭をかいてそっぽ向いてるし。
これ私、どうすればいいんだ。
私は夏樹のことが好きで、夏樹も私が好きで……。
「って、両思いだ!?」
「恥ずかしいこと口にすんな馬鹿!! と、とにかく早く帰るぞ! 皆心配してるし、それに……」
私の方をちらちら伺い、でもすぐに顔を逸らす夏樹。
なんだろう、と思ったけどすぐに気づいた。
制服がびしょ濡れで体に張り付いている。
いいこと思いついた。
私は鍛錬の日々を思い出してその努力の成果を余すことなく発揮させた。
「びしょ濡れの女の子をそんないやらしい目で見るなんて夏樹君は変態さんね、ふふ」
「なっ……」
夏樹はそれ以上何も言わないで私に背を向けて先に歩いていってしまう。耳が赤いのは私の演技力のなさに笑いをこらえているのだろうか。
そんなに酷かったかな。練習したのに。
「……俺はドMじゃない俺はドMじゃない俺はドMじゃない俺は」
河川敷の歩道で何かを呟きながら私のことを待っていた。この距離だと全然聞こえないなあ。
私は小走りで傾斜を登って追いつくと夏樹は歩き始めた。私はその少し後ろをついて歩く。
結局ロリコンドMは振り返らない。
でも私がぬぼーっと歩きながらも夏樹との距離が広がることはなかった。
ロリコンドMは振り返らない 海老原ジャコ @akakara98
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