第4話 私の決意

 「って、そんなの無理だぁ~」

 

 私は河川敷の芝生にぱたりと倒れ込む。

 今日帰り道は珍しく私一人。今日は夏樹と一緒じゃない。

 というのも夏樹は香坂さんの学校案内に任命されたからだ。あの感じだときっと古くからの友人みたいな感じだと思う。怖くて直接聞くなんてできなかったけど多分そうだ。

 そうとなれば夏樹の幼馴染という私の専売特許もなくなってしまう。

 私じゃどうあがいても勝てるわけがない。勝てるわけがないのに。

 

 「諦められないよ」

 

 スマホの写真フォルダをスクロールしながらため息が漏れる。

 

 小学生の卒業式で夏樹と二人で写っている写真。この時の私はまだ夏樹より小さいな。卒業式の抱負で夏樹が「小さい女の子にお尻叩かれたいです」って言って体育館が騒然としたのも今考えれば良い思い出だ。

 

 次は中学に修学旅行で京都奈良に行った時の写真。子鹿にだけ鹿せんべいをあげようとしたら親鹿にたかられてせんべいがなくなって拗ねている夏樹。子とか小がついていれば何でも食いつくあたり夏樹は浮気症なのかもしれない。

 

 そして一年ちょっと前の高校の入学式で撮った写真。

 この時もう夏樹と並ぶ私の間に身長差はほとんどない。それにこうして見返してみると確かに私はぬぼーっとしている。

 

 写真をスクロールするたびに夏樹との思い出が蘇ってくる。

 当然だ、私の隣にはいつだって夏樹がいたんだから。

 楽しかった思い出も今見返すと途端に寂しくなってくる。

 

 どんどん、どんどん夏樹は私から遠ざかっていく。

 私の前歩く夏樹の隣にいるのは香坂さん。

 

 夏樹置いてかないで、行かないで――。

 

 

 

 「ふぁっ!?」

 

 私は鼻がむず痒くて飛び起きた。なんか虫がとまってたみたいだ。

 

 夕陽はとっくのとうに沈んでいて、辺り一面真っ暗闇。どうやら私はスマホをいじりながら寝落ちしていたらしい。

 スマホを拾い上げ時刻を確認してみると八時過ぎ。

 

 「やばっ!」

 

 帰らないと、そう思い立ち上がろうとしたが躊躇う。

 

 ――明日も学校に行かなきゃいけないのか。

 学校に行けば夏樹と香坂さんが仲睦まじくしているのが嫌でも目に入る。

 そんなのもう嫌だ。なら。

 

 私は小さな決意を胸に重い腰を上げある場所に向かって歩き始めた。

 

 

 ひんやりとした空気が頬を撫でる。まだ寒い季節ではないとは言え夜にもなれば流石に肌寒い。寝ていたせいもあるかもしれない。

 私が見下ろすその先には川がある。暗闇のせいか昼間のそれとは違ってどこまでも黒く一度入ってしまったら抜け出すことのできない闇のように見える。

 

 ごくり。

 橋の欄干から顔を乗り出して私は生唾を飲んだ。

 七、いや十メートルくらいあるかもしれない。

 そう考えると心臓がきゅっとした。バンジージャンプなんて余裕だと思っていたけどいざ高いところを前にすると怖い。

 

 「でもやるしかないよね……」

 

 足をかけて欄干の上に登った。

 微力な風ですら私の平衡感覚を狂わせる。

 眼前に犇めく闇に引きずり込まれてしまいそうになる。

 

 やっぱり怖い。

 そんな時にも思い浮かぶのは夏樹のことだった。そして虚しくなる。

 夏樹は今頃学校案内を終えて香坂さんと二人きりで遊んでいるかもしれない。馬乗りになってお尻を叩いてもらって喜んでるかもしれない。

 

 幼馴染としては夏樹と香坂さんを応援してあげるべきなのかもしれないけど私にはそれができない。

 だって私は夏樹が好きだから――。

 

 「晴日ッ!!」

 

 夏樹のことを考えすぎて幻聴が聞こえた。

 そう思ったが、声が聞こえ振り向いた先には夏樹がいる。

 

 「な、夏樹!? どうしたの?」


 こんなところ見られたくなかったと思う反面、夏樹の顔を見れて嬉しくなってしまうどうしようもない私がいる。

 

 「晴日の方こそどうしたんだよ! 何か辛いことがあるなら俺が絶対どうにかするから!!」

 

 そう言って夏樹が一歩近づいてきて私は後ずさろうとすると、

 

 「あっ」

 

 自分が欄干の上に立っていることを忘れていた。

 右足に浮遊感を感じる。ああ、これは落ちる。

 夏樹が必死に手を伸ばして私も思わず手を伸ばしてしまう。最初からこうするつもりだったのに。

 でも、届かない――。

 

 

 「晴日ッーー!!」

 

 夏樹は欄干を踏み台にして私の方に飛んでくる。

 私の体を夏樹が包み込む。私とそんなに身長はそんなに変わらないのに夏樹の体は大きく、そして温かくて優しい。

 

 そのまま私と夏樹は深い暗闇に吸い込まれた。

 

 

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