第3話 現れたドSロリ

  家族への誤解は生んだものの私はあれからもルーティンを怠ることはなかった。

 まだ変わらない。でもいつかきっと――。

 だけどそんな私の甘えを見透かしたように現れた。

 

 「よお、ハル。今日はなんかより一層ぬぼっとしてるな」

 教室の入口付近から聞こえた声に恨み言の一つでも言ってやろうと振り向くと、

 「朝だからしょうがな――えっ……」

 

 言葉を失った。

 教室の入口に立つ夏樹。その横には見慣れない小学生くらいの体躯の女子生徒。

 いやでもまだ小さいだけで――。

 

 「ちょっと夏樹そこで止まると邪魔。どかないなら全人類のお邪魔虫って称号与えるわよ」

 

 「超ドSだっ!!」

 

 思わず席から立ち上がって叫んでしまったが、慌てて口を覆い座り直す。

 夏樹も隣の子も不思議そうに首を傾げる。もうこの二人の中でこれくらいなら普通なのかもしれない。もしかしたらもっと先まで……。

 膨らんだ想像をかき消すように頭を振る。

 

 「ハル、急にどうしたんだよ?」

 

 気がつけば夏樹は私の席まで来ていた。隣にいた女の子も。

 

 「なんでもないよ……」

 

 そう返すので精一杯だった。

 

 

 「今日からうちのクラスに転校してきた香坂撫子さんです。皆さん色々教えてあげてくださいね」

 「香坂撫子よ。私に身の回りのことを教えさせる権利をあなた達にあげるわ。間違っても教えてあげるなんて思わないことね」

 

 先生が作り出す和やかな空気感を悉く壊すのはさっきまで夏樹の隣にいた女子生徒。

 どうやら香坂さんは転校生だったらしい。

 大和撫子を思わせる気品ある黒髪に切れ長の目、超然とした態度からはSっ気が垣間見えそれでいて小柄でどこか愛らしく感じるこのギャップ。

 悔しいが夏樹の言うことが少しわかってしまった。

 可愛い。


 「ハルも撫子と仲良くしてやってくれ。ほら撫子もよろしくくらい言えよ」

 「ふーん、あなたがハルね……」


 ホームルームが終わった後、夏樹は香坂さんをわざわざ私の席まで紹介しに来た。

 香坂さんはなにか含みを持った口調で私を品定めするように見上げている。見上げられているのに私はなんだか蔑まれているように感じる。夏樹のタイプとは真逆じゃない、って。


 「よ、よろしくね、香坂さん」


 これで精一杯だ。どういう関係なのか聞きたいけどその後に待つ未来が怖くて口が動かない。


 「ふん、あなた頭が高いから気に食わないわ」

 「馬鹿、ハルは頭が高いんじゃなくて背が高いんだよ。あと撫子が小さすぎるのもあるぞ」

 「夏樹はお金がない貧民に貧乏って言うタイプの人間なのね。とんだクズ男ね」

 「いやどういう理論だよ!!」


 どうして私は二人の仲睦まじい様子を見せつけられているのだろう。

 そう思ってしまう醜い自分が心底嫌になる。

 

 「私がモデルみたいな身長じゃなくて小学生みたいに小さかったら」

 「私がぬぼーとしていないでドSだったら」

 「夏樹がロリコンドMじゃなかったら」

 

 今更そんなたらればを考えても意味がない。そんな事はわかっていても思考は収まらない。

 またしても桜子の言葉が脳裏に蘇ってきた。

 胸が鉄の鎖で締め付けられるように苦しくなる。

 そして考えれば考えるほどその鎖は締め付けてくる。

 こんな思いするならいっそ。

 

 ――諦めちゃえばいい。

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