第2話 私のルーティン
波一つ立たぬ凪。
どこまでも続く果てしない水平線。
その遙か先には私のよく知っている背中。夏樹の背中。
私が追いかけると夏樹は前へ前へと進んでいってしまう。
目を細めてみると夏樹の首には鉛でできた首輪がしてあり、その首輪の鎖を辿っていくとそこには見に覚えのない小さな少女が夏樹に侮蔑の視線を向けている。夏樹にそんな酷いことするなんて。そんな思いが沸々湧き上がってくる。
だけどがむしゃらに走る夏樹の横顔は恍惚の表情でその先の少女だけを見据えている。
ずっと後ろにいる私なんかに振り返らない。
もっと前に、夏樹の前に行かなきゃ――。
「ハル姉何してんの……?」
妹の声が聞こえて私は目を開けた。
私の部屋の扉の前でまるで不審者と出くわしたかのように妹の桜子は私を訝しげに見ている。一応私、実の姉なんだけどなぁ。
「椅子の上で正座してるだけだよ」
「いやだからなんでだし……」
正座を崩し普通の体勢で椅子に座り直した。
「身長を縮めるためだよ」
中学生の時なんかの記事で椅子に座って寝たり、正座すると身長が縮むと知って以来毎日欠かさずやっている。けど目に見える効果が出ているかと言えば出ていない。むしろこの間の身体測定で身長が伸びていた。
桜子にこのルーティンを見られたのはちょっと恥ずかしかったけどこっちで良かった。もう片方だったら恥辱に悶て死んでいたと思う。
私の言葉に桜子は「あー」と勝手に納得し始めた。
「それもしかして夏樹君と関係あったりするでしょ?」
「い、いやぁ? 別にぃ?」
「わかり易すぎでしょ……」
桜子はやれやれと苦笑し、だがすぐ真剣な面持ちになりそのまま言葉を続けた。
「いくら夏樹君がドMでロリコンだって言い張ってるからってそんな事しても意味ないよ。第一縮んでないし」
「そんなことないでしょ!?」
「ほらやっぱ夏樹君のことじゃん」
「うっ……」
図星で何も言い返せない。妹に恋愛事情でマウントを取られるのは癪だが今はそれどころではない。
「意味ないかはやってみないとわからないよ!」
頭ごなしに否定してくる桜子に思わず声を少し荒げてしまった。
継続は力なりと言うし今はまだでもこの先も続けていれば何かが変わるかもしれない。
何より夏樹のことをよく知っているような桜子の言い草に腹が立った。
十年間隣りにいた私のほうがよく知っているに決まっている。夏樹は本物のロリコンドMだ。
「はぁ、あのねぇ……ってまあいいや。時間が経てばいずれわかることだし」
「それって――」
その先はなんだか怖くて言葉にできなかった。
時間が経てば。それは「いずれ夏樹君にドSロリな恋人が出来るから実らない恋は諦めなよ」、そんな意味にしか聞こえない。
普段姉に手厳しい桜子だが根は優しい。だから今のも私のことを気遣ってくれているのかもしれない。華のJKなのに恋人一人もできない姉なんて目も当てられないのかもしれない。
でもそれでも、のぼーとしてて高身長の私だとしても諦めたくない。
桜子は我儘な子供を前にしてお手上げだと言わんばかりにやれやれと首を振りながら去り際に「身体は壊さないようにだけ気をつけなね」と言い残して私の部屋をあとにした。
椅子を立ってうつ伏せにベッドに無気力に身を投げ、枕に顔を埋める。
「そんな事しても意味ないよ」
「時間が経てばいずれわかることだし」
桜子の言葉が脳内で反芻してくる。
「あぁ、もうっ!!」
意味もなく枕に頭突きする。思いの外勢いがついて頭が痛い。
自分でも薄々気づいていた。
私と夏樹は十年来の幼馴染、だから私は夏樹の隣にいれる。
でも夏樹は前を向いている。そこにいるのは私じゃなくてきっとドSでロリな――。
「んーー!!」
一体化するくらいに顔を枕に押し付け、ついでに悶々とした気持ちをも押し付ける。
いやでも。
私はあることを閃いてむくっと身体を起こした。
「よくよく考えたらドSでロリな女の子なんているわけないんじゃないかな」
漫画とかではよく見るけどここは現実。
そんな個性の塊みたいな女の子いるわけがない。
だとしたら今はまだ夏樹の見る先にはまだ誰もいない。隣にいる私を見てくれる可能性もある!
チャンスは、ある! これから私がドSロリになればいいんだ!
私は思い出したかのようにすっとベッドから降りて姿見の前に立つ。
今日はまだこれをやっていなかった。私のもう一つのルーティン。
「踏んであげるから私の前にひれ伏しなさい」
いくら練習してもなかなか私のドSゼリフは様にならない。
見下ろす角度を変えたり、立ち姿を変えたり試行錯誤しながらその度セリフを繰り返している。
それに鏡の前に立つと何より身長が大きさが気になって仕方ない。
幸い、自分で言うのも何だが身長に比例して出るところは出ている、と思う。
おっぱいで夏樹のこと誘惑するのもアリかもしれない。
ここをこうして、こうして――。
「ハル姉……」
扉の前で見てはいけないものを見てしまい死んでしまったかのように固まる桜子。
いや死んだのは自分の胸を揉みしだいてる私だ。
「桜子、これはさっきの延長線みたいなものであって、全然いかがわしいことは――」
「お母さーん! ハル姉おかしくなったー!!」
この後、家族会議が開かれました。
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