ロリコンドMは振り返らない

海老原ジャコ

第1話 ドMでロリコンな幼馴染

 「俺は幼女に背中に馬乗りになられてケツを叩かれたいんだよ」

 

 聞き慣れた声を皮切りに男子の笑い声が教室内に響き渡った。

 女子はその男子グループにわざとらしい白い視線を向けるも、なんだかんだ教室内は和やかな雰囲気だ。高校二年に上がって春も終わりに差し掛かった今、この流れはもはやクラスの鉄板ネタになりつつある

 

 私、朝霧晴日は渦巻く笑いの渦中にいる男子生徒を机に頬杖を付きながら眺めている。

 

 動きやすいように前髪がアップされたサッカー部らしい髪型。どこかふてぶてしさのある目は昔から変わらない。変わったことと言えば身長がだいぶ伸びたくらいかな。

 佐久間夏樹は私の古くからの幼馴染。

 小中、そして今現在高校も同じだからかれこれ十年くらいの仲だ。

 夏樹は昔から本当に変わらない。

 運動神経が良くて、でも勉強がすこぶるできないからいつも先生に怒られる。それでも自然と人が寄ってくるような愛くるしさというかカリスマ性がある。

 そして何より――。

 

 「ロリコンでドMなんだよなぁ……」

 

 夏樹は小学校の頃からずっとさっきみたいな事を言っている。

 「幼女とドSが織りなすコントラストは芸術の最高到達点なんだよ」

 「人は歳をとるたび価値を失っちゃうんだよ。だからそんな厚顔無恥な己を戒めるために、人は誕生日を迎えるたびに幼女から罵倒されるべきなんだ」

 

 小学生の頃は夏樹が何を言っているのか意味がわからなかった。というか今もよくわからないけど。そもそも当時小学生だった夏樹から見た幼女ってもう赤ちゃんのレベルだし。

 せっかく顔もそんな悪くないし、サッカー部でキャプテンを務めるくらいスポーツできるからモテそうなのにもったいない。まあそれでもモテてるんだけど。

 ちらほらと夏樹に対する黄色い声が聞こえてくる。

 そんなBGMを聞きながらぼーっと眺めていたせいか夏樹と目が合った。そして夏樹は私の席に近づいてくる。

 

 「ハルならわかるだろ? よく昔は熱く語り合ったし」

 「私の記憶だとナツが勝手に熱弁してただけだったと思うけど……」

 「な!? 忘れたのかあのうら若き少年少女の純情を!?」

 「むしろ不純だとすら思うんだけどなぁ」

 

 夏樹は私の両肩をぐわんぐわん揺らしながらまたいつもの馬鹿みたいなことをを熱弁し始める。首が取れそう。

 もはや見飽きたであろう光景にも皆は再び笑い声を上げる。

 そんな中私は唯一人苦笑していた。別に飽きたからではない。

 十年間抱き続けている悩みが今まさに私を揺さぶっているからだ。物理的にも心理的にも。

 

 「ドSの幼女、かぁ……」

 

 首が揺れているからなんとも言えないが周りから見れば私は夏樹を見上げている形になっている。座っているから当然だ。

 だけど椅子を立ったら私と夏樹の視線はほぼ平行。つまり身長が同じくらいなのだ。

 夏樹が小さいわけではなく男子の中でも平均的な身長だ。

 私が大きすぎるのだ。

 

 「モデルなれるじゃん」

 「身長分けてよー」

 「晴日ぬぼーってしてるからモデルはやめときなね」

 

 女子は皆挙ってこんな事を言う。ぬぼーってなんだろう。

 別に身長が大きいことでいじめられたとかトラウマがあるとかそういうことではない。

 そういうことじゃないけどこれが私の十年来の悩み。ぬぼーっていうのも含めて。

 だって夏樹のタイプと真逆だから。あれを世間一般の異性のタイプに含めちゃいけない気がするけど。

 

 「ぬぼー」

 「わざわざ効果音つけてくれなくてもいいよ」

 「いやでもこれは俺とハルの夫婦漫才みたいなもんだろ」

 

 人の悩みをギャグ呼ばわりされてちょっとイラってしたけど、夫婦漫才ってワードに少しドキリとする。

 でも夫婦は流石に早すぎるし、夏樹ロリコンでドMだし――。

 

 「おーい、晴日。次移動教室だぞ、いつまでぬぼってる気だー?」


 教室の入口で煽るように手をふる夏樹。


 「ぬぼってる、ってなにそれ。でももう少しぬぼってからいく……」

 

 夏樹はからかうように笑って「遅刻すんなよ」とだけ言って教室を出ていった。

 それを確認した私は少し気が楽になって漸く席を立った。

 なんとなく夏樹の前で席を立ちたくなかったからだ。こんなシチュエーション今までいくらでもあっただろうに一度意識すると頭からなかなか離れてはくれない。

 

 結局この後私はまた椅子に座ってぬぼーっとして授業に遅刻した。

 

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