第三節~裏切りの連続~
今日もくじ引き戦のチームはなかなかの偏り方だ。まず部長とキャプテン、つまり庵と俺が一緒のチームになってしまったのだ。
自分で言うのはやはり何とも気持ち悪い話だが、俺たち二人が去年の九月にもっとも重要な役を任されたのは、俺と庵が一年の中で抜きんでた実力者だったからだ。
俺たちは幼稚園時代からともにサッカークラブに入っていて、経験者で、ほかの面子は逆に初心者ばかりだった。まあなりゆきというやつだ。
そして、部内で俺たちや菫に次ぐ実力者の
しかしごつごつの体は俊敏性を失っておらず、パワーも強く冷静でうちの砦だ。
一方相手チームは、サッカーに慣れ始めてようやく一年たつという者が多い。幸平と俊平もそのうちだ。そして菫もその相手チームだ。彼が来てからここまで偏ったチームは初めてだった。
まさに比喩ではなく、菫を除いてスタメンとそれ以外のメンバーで分かれてしまった感じだ。
「マジかよ……」
「これはないぜ。なあ幸平」
問題児二人はすでにあきらめムードだ。これにはさすがに俺も気が引けるが、いつもどおり伝統を重んじてこのまま試合をすることになった。
「じゃあ始めるぞ!」
八谷先生のホイッスルで試合が始まった。気が引けるとは言ったが俺たちが手加減することはなく、俺と庵の連携でまずは1点を先制した。
なにを隠そう、俺と庵は昔から周りがあきれ返るほどの負けず嫌いだからだ。
その後も俺たちは容赦ない攻撃を続け、点差は4-1だ。相手の1点は菫が俺たちの隙をついて入れたものだった。
先生が時計を見て声を上げる。
「庵、葵、そろそろ時間だ。今日はどちらかが五点入れたら上がるぞ」
「「はい!」」
夕日が沈んでいくなか、試合が再開された。
「葵! 相手チームには酷だが、俺たちであと一点入れて終わらせるぞ!!」
「おうっ! 分かった!」
俺は庵とうなずきあい、運悪くボールを持っていた幸平に迫った。彼の力を評価しない訳ではないが、俺達と比べればまだまだ甘い。幸平はなかばパニック状態だ。
俺は庵とアイコンタクトを交わし、俺がボールを取りに向かう。俺たちは昔からライバルとして競い合うだけでなく、共闘も幾度となく繰り返していた。
ゆえにコンビネーションには自身がある。
俺が俊足を生かして相手を翻弄しボールを奪い、ループシュートで庵にパスを出す。そして庵が相手を惑わす見事なテクニックでディフェンスを交わし、最後は彼の持ち味である強烈なシュートで決める。
俺たちはこれで過去、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた。今日だって見せてやる!
だが、俺が幸平の持つボールに迫った時、ついに菫が本領発揮した。
「幸平君! こっち」
とつぜん、幸平の後ろにいた菫がパスを促した。
「え、菫? ……ああ、わかった。たのんだぜ!」
幸平は急いで菫にボールを送る。しかし、そのていどでは俺と庵の連携は崩せない。
菫は急成長するため確かに動きが読みづらいが、実力はまだ俺の方が上。俺はすぐさま菫に向かって走った。
「菫っ! 覚悟~」
「ボールは渡さないよ! 俊平君、パス!」
「な、なに!?」
菫はゴールキーパーである俊平に思いっ切りパスを出した。ゴールの近くには俺からのパスを待っている庵がいる。これでは庵にボールを取られて終わりではないのか。
俺はまよわず相手のゴール付近へ向かった。
「これを入れて勝ちだ!」
ゴール前では、予想通りの事が起こっている。菫のロングパスは見事だが、今の俊平がそれを取れるわけがない。キーパーに当たったボールは、ゴール付近に落ちていた。
「よし! もらった!」
俺より早くボールに迫った庵が叫ぶ。しかし予想はまた裏切られた。なんと、キーパーである俊平は、ゴールをがら空きにして相手のゴール。つまり正二が守る俺たちのゴールに走っていったのだ。
「なんだ!? あいつ、おかしくなったか」
俺たちは思わず顔を見合わせた。相手のゴールへ向かってもボールがなければ意味がない。
だが、俺たちがあまりにも意味不明な動きに気を取られたすきに、驚くべきことが起こった。
先ほどまでコートの真ん中にいたはずの菫が、まるで瞬間移動のように庵の前に現れたのだ。
しかしそれは瞬間移動ではない。俺はずっと菫を見ていたのだ。間違いなく彼は、すごい速さでこちらに走って来たのだ。
「なんて速さだ」
庵はあっけにとられ、菫はそのすきにボールを取り返すと、それを空高く蹴り上げた。
「俊平君! パ~ス!」
菫の正確さは、先ほどの香花のそれとは比較にならない。俊平がちょうど蹴りだせる場所にパスを出したのだ。逆に俺たちのチームは、正二以外相手ゴールの近くにいて、守りはがら空き状態だった。
「やばい!! みんな、いったん下がれ~~!」
俺はそう叫びつつ俊平を追う。なに、俊平が蹴りだす前に、ボールを奪い返せばいい。
だが俺の予想はまだまだ裏切られる。後ろから庵の叫び声がした。
「おい葵っ! 菫が行ったぞ、上だ!」
俺は夕闇に染まる空を見た。それから、一言も発することはできない。ゴール前にいた菫が俺の頭上にいる。
「飛ん……でる」
なんと菫は、人間離れした跳躍で俺のもとまで飛んできたのだ。俺は思わず立ち止まってしまった。
それからホイッスルが鳴るまで時間かからなかった。
俊平が再び菫にパスを出し、菫が一気にゴールに迫る。そして、正二を超える速さで彼を翻弄し、正二が菫を見失ったところで菫はゴールへは行かず、集まっていた幸平と俊平にパスを出した。
それを受け取った二人は力を合わせて蹴り込み、そのボールは正二の股の間を抜けてその先のゴールへ綺麗に滑り込んだ。
俺たちが唖然と空を見上げるなか、ホイッスルが鳴る。
「す、菫ちゃんすごい……」
スコアを付けながら香花が感嘆の声をあげた。
確かにすごい。菫は自分で点を入れることが十分できた。しかしその力を上手く使い、あの問題児に得点を入れさせるという大手柄をたてさせ、下がり切っていたチームの士気を上げたのだ。
なんとも素晴らしい対応だった。
そして――。
その後も菫たちの勢いは止まるところを知らず、俺たちを翻弄し続けた。2点目は、菫が俺たちのチーム屈指のディフェンス軍を一人で抜き去って決め、その後の2点は菫のサポートこそあったものの、幸平と俊平や最近伸び悩んでいた連中が協力し合って決めた。
「葵、これはまずいぞ」
「ああ、まさか菫の統率力がここまでとは。次で決めるぞ!」
俺たちは互いに笑顔でうなずき合った。これは昔から、俺たちが本気を出すぞということを確認し合う合図だ。
別に菫たちをあなだっていたわけではないが、わずか五分で三点も入れられたとなれば、さすがにいつも以上の全力を出さざるを得ない。
今の両チームの得点は互いに四点。先にあと一点入れたほうが勝ちとなる。運命のホイッスルが夕闇せまる空にひびき、俺と庵が一気にボールを相手のゴールへと運ぶ。
しかしさすがは菫だ。俺たちが大会で強豪チームとやり合うような全力を出しても、菫一人を抜き去ることができない。
その菫も、さすがに全力の俺たちを簡単に振りきれるわけではないようで、俺たち三人の激しい攻防が続いた。そこに他者が入るすきはない。
それから五分。俺たち三人は攻防を繰り広げている。互いに惜しい場面は幾度となくあったが、未だに決着が見えない。
「どうする、これじゃあ永遠に決着しないぞ」
俺の横で、庵が上がりきった息を整えながらつぶやいた。俺たち二人と菫の力はまさにつり合った天秤だ。
その時、それまで均衡し合っていたパワーバランスがとつぜん偏った。変化に気付いたのは庵だ。
「お、おい葵。菫、おかしくないか」
「ん? お前なに言って……」
俺は菫を見た瞬間言葉を失ってしまった。どうやら他の連中も気づいたようだ。菫に注目してだれ一人動かない。
「力が均衡して動けないなら、どちらかを強化すればいいんだよ」
そう言ったのは菫だ。しかしその声は、普段の穏やかな彼のものではない。その眼に宿る光はするどく、見るものを圧倒するまさに王者の眼光だった。
菫の体から湯気のようなものが立ち上っているのは、どうやら幻覚ではないらしい。
「おい菫!! よせ! 何をしている、今すぐやめろ!」
俺たちはその声に驚いて、とつぜん校庭に響いた声の主に目をやった。それは八谷先生だ。先生の横でスコアを付けていた香花も驚いて固まっている。
俺は思わず先生に声をかけた。
「おい先生、いきなりどうしたんだよ」
「はっ! い、いや、なんでもない」
先生は明らかになにかを隠すように咳払いをして平静を装った。俺が先生の異様さに気を取られていると、横から庵の声が飛び掛かってきた。
「葵!! やばいぞ、集中しろ!」
俺がはっとして振り返ると、菫がボールを蹴ろうとしている。しかしその様子は、庵が叫ぶのに十分すぎるものだ。
「はああああああああああ~っ!」
唸り声に近い声とともに菫が白煙に包まれた。それは彼の体内から湧き出ている。凄まじいことだけが確かだ。
俺たちは、それでも菫の前に出てなんとかボールを奪おうと試みた。
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