第二節~俺たちの部活動~
菫は授業中によく才能を発揮するが、それは放課後も変わらない。
彼はまったくサッカーを知らないということで、担任でかつサッカー部顧問の八谷先生は心配していた。
しかし体育で見せたような才能を目の前で見せつけられた先生は驚き、仰天しながら菫の入部を認めた。そして今では、俺や庵に次ぐエースになっている。
他校との練習試合では、最初の体育で起こったことがそのまま起こり、勝負にならないこともしばしばある。そこは、見かねた菫本人の願いで、スタメンから彼が離れることで対処した。
「なんか僕がいると相手は集中できないみたいだね」
とのことで、深く考えていないようだが……。
そんなこんなで試合に出ないこともしばしばある菫だが、実力は落ちるどころか今も成長を続けている。恐らく、しばらくすれば部長かキャプテン交代だろう。
これがサッカーというものの一切を知って、一か月たたない者の成長なのだろうか。
それはきっと、天賦の才を持って生まれた者にしか分からないことだろう。
俺たち雪華海街西高校男子サッカー部は、マネージャー香花の鬼のようなしごきのもの、今日も練習に励んでいた。
「ホラそこ! ランニングさぼらない! 基礎練習こそ力入れないと、三月入ってすぐの練習試合勝てないよ」
「は、はいい~」
「香花先輩、今日も鬼神のごとく、だなあ~」
「ああ~っ、あんたたちまた私を鬼呼ばわりしたわねえ! こらあ、待ちなさ~い」
「うわあ~! 香花先輩ごめんさ~い!」
「先輩がご乱心だ~!」
俺と庵が次の試合に向けた練習メニューを検討している横を、
そしてそのすぐ後ろを、メガホンを握った香花が追いかけている。俺たちの部ではよく見られる光景だ。
俺の横で庵が呆れたように、
「またあいつらか」
とつぶやいた。彼らは別に本当の後輩ではない。俺たちが一年なのだから、彼らもとうぜん一年だ。
俺たちより上の代は、人が集まらなかったり辞めて行ったりで現在おらず、去年の秋から俺がキャプテンで庵が部長だ。
最初は俺たち一年にそんな大役務まるのかと思ったが、八谷先生や仲間のサポートもあり、今では何とかやっていけている。
なぜ香花が先輩と呼ばれているかというと、幸平と俊平は二学期からの入部で、本格的なサッカーも初めてだった。
その状態で入部早々、香花のスパルタ教育に遭っている。それ以降、敬意と畏怖を抱かれ、香花は先輩と呼ばれているのだ。
時々「先輩」が「鬼神」になると、今日のような「鬼ごっこ」が始まってしまう。
彼らのサッカー愛は彼らが入部するとき理解している。しかし、もう少し練習に真剣に取り組んでほしいというのも事実だ。せっかくいい才能を持っているのだから。
二人は俺たちのように幼なじみで、小さいころからサッカーが好きだが本格的にやったことはなく、公園で遊ぶていどだったらしい。
だがルールブックなどを熟読しているようで、妙にループシュートがうまいとか、キーパーをさせたら粘りづよく守るとか、良いところは他にもたくさんある。
……ちなみに先輩と呼ぶのは香花だけで、俺や庵を含む他のサッカー部の連中は呼び捨てだ。
俺が二人を注意しようとしたとき、「鬼ごっこ」は終わりを告げた。
「もう逃がさないわよ! 覚悟ーーっ!」
香花は射程圏内まで追いつくと、一気に助走をつけて跳び上がり、二人に跳び蹴りを食らわせた。
「ぐわあ~っ!」
二人は叫びながら飛ばされ、陸上部のセーフティーマットに不時着した。
男どもはマットの上にのびている。
人に跳び蹴りを食らわせる香花の行為は問題だが、彼女の正確さは驚嘆に値する。あらかじめ陸上部の先輩に許可を取っておいて、外さずにそこへ着地するように蹴り飛ばすのだから。
俺が陸上部の先輩に謝っている間に、二人はそれぞれ足を掴まれて香花に連行されていく。
「……香花さん、人を引きずるのはやめましょう」
「こいつらが悪いのよ」
香花は俺の一言を辛辣な一言で葬り去り、そのまま去って行ってしまった。
問題児二人も庵と香花と八谷先生にきっちりしめられ、その後は真面目に練習に取り組んでいた。
庵の言葉をそのまま借りれば、「エンジンがフル回転するのが遅い」。
俺たちリーダーが、いつでもフルスロットルでいけるように育てなければと俺は改めて心に誓った。
さて違う意味で今日、この問題児二人より注目を集めたのは菫だ。
俺たちの部は毎日、練習の終わりにくじ引きで分けたチームで試合をする。これは五代上の先輩方が始めて伝統化しているものだ。
このくじ引きのルールとしては、
一、合わせるのはメンバーの数のみ。
二、どれだけ戦力が偏っても引き直しはしない。
三、たとえ明らかに不利な試合になっても最後まで真剣に勝負する。逆に相手の戦力に勝っているとしても、誠意をもって全力で勝ちを狙う。
という三つがある。
「どんな試合でも諦めない。どれほど過酷でも仲間を信じ、自分を信じてスポーツを本気で楽しめる精神」をつけようと始められたそうだ。
俺たちも先輩がいたころ、理不尽としか言えないようなチームで何度もやらされた。
追い込まれたとき、己の現界に挑戦している感覚があり、その追い詰められているような感覚に燃えるようになったのは事実だ。
今も俺はこの「くじ引き戦」を楽しんでいる。
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