第四節~本当に読めないぞ、この美人~

「ただいまー」

「おお葵、今日は部活も無いはずなのに遅かったじゃんよ」


 俺が家に帰り着いて居間に入ると、兄貴がごろごろしながら出迎えてくれた。


 まったく、大学生は気楽でいいよなあ。もうすぐ春休みなので終わっている授業が多いらしく、最近帰宅が早い。人が得体のしれない呪いに頭を悩ませているというのに、幸せな兄貴である。


 俺は兄貴と軽く会話を交わし、二階の部屋に上がった。普段なら寒がりの俺は、下校時に冷え切った体を温めるため、帰宅後風呂場へ直行するのだが今日は違う。


 部屋に入った俺は制服も脱がず、机に向かってパソコンを開いた。起動が完了すると、さっそく「槐の呪い」と検索をかけてみる。


 しかし、俺が期待したような検索結果は出てこない。それっぽい内容や不気味な場所の写真なんかはぽろぽろとヒットするが、どれも嘘っぽいのだ。


 その後も色々なサイトにアクセスしていた俺だったが成果はなかった。


 やがて時計が七時を指す頃、夕飯を知らせる母の声が響き、俺は仕方なくパソコンを閉じて居間へ降りていった。



 天竺家の夕飯は、基本的に家族五人が全員そろっている。一日のうちで、家族の会話が最も盛り上がる時間だ。


 俺はこれをいい機会だと思い、転校生が来たことを明かして「槐の呪い」について聞いてみた。


 菫に対する反応は、まあ予測した通りだった。昔の支配者の血を引く、更に着物の金髪美少年ということを聞くなり、全員が興味に満ちた目を輝かせた。


 槐の呪いについて、こちらも庵たちと同じような反応で、「名前は知っているが、それが何なのかは知らない」と言う事だった。


「でも、そうだな。絶対その菫君と呪いって、無関係じゃないよな」


 兄貴は割とオカルト系が好きなので、呪いの方に興味を持ったようだった。父も兄と同じ傾向があり、槐山に注目しているようだ。


「そう言えば槐山って、葵の言う通り山頂に神社があるって話だけども、途中までしか山に入れないもんな」


 父の一言で、俺は槐山について鮮明に思い出した。

 

 槐山は呪いの力を抑えるために山頂付近に神社がある。しかし、誰もその神社を見たことはない。


 山は実に綺麗で、季節ごとに森林浴を楽しめるスポットでもある。だが、遊歩道は整備されているものの、途中までしか山に入れない。山の中腹辺りに立ち入り禁止の看板と鉄の柵があってそれより先には行けず、その奥は急にうっそうと木々が茂る不気味な雰囲気に包まれる。


 そんな山だった。



 あくる日も学校では、菫に対する質問がとどまる気配を見せない。クラスの連中が相変わらずあれやこれと聞いているころ、俺と香花と庵は図書館にいた。


 今はちょうど昼休み。図書館には、勉強目的で資料を漁っている生徒や、小説を読み漁っている生徒が数人見受けられる。


 俺たち三人は図書室中に散らばり、歴史書関係の資料を片っ端から集めている。


 その目的はむろん、「槐一族」と「槐」について調べるためだ。菫本人に聞いてみてもいいが、昨日の様子じゃあまり知らないようだし、たとえ何かを知っていても、おいそれと一族の秘密に近いことを言えるわけでもないだろう。


 朔夜三人で話し合った結果、ネットよりも昔の紙の資料を漁ったほうがいいということになり、いま図書館に集まっているのだった。


「これだけあれば、なにか分かるんじゃない」


 俺と庵が集まっている机にようやく戻ってきた香花は、どんっ、と机に大量の資料を置いた。


「香花!? お前すげえな」


 俺と庵は驚いて香花を見上げた。俺たちの数倍にもなる量を一人で持ってきたのだ。


「だって、ただでさえネットが役に立たないんだよ? ここは量で攻めなきゃ」


 俺と庵は、香花のやる気に押されながら、彼女が持ってきた大量の歴史書や古い新聞を読み漁った。 



 三十分にわたり、俺たちは街の歴史書や過去にこの街で起きた事件や出来事、そして槐一族について記された書物などを中心に、ありとあらゆる書物を読み、槐一族とこの街の呪いの真実に迫ろうとした。


 休み時間が残り十五分を切ったとき、香花が声を上げた。


「あ~~んなによ、結局なにも確信的なところは分からないじゃな~い!」


 俺と庵も思わず「そうだな」と、ため息をつかざるを得ない。


 記されていることのほとんどが知っていることなのだ。……いや、分かっていることが少なすぎると言うべきだろう。


 しかし気になることはあった。それは香花が持ってきた大量の資料の一つにあった、「槐一族」について記された書物のないようだ。


 そもそも「槐」とは、中国原産のマメ科の植物の名前だそうだ。そして中国では「出世」や「長寿」の象徴として大切にされていたらしい。


また花言葉も、「幸福」や「上品」といったもので、今俺たちを悩ませている「槐の呪い」などという恐ろしいものとは真逆の、いわゆる「縁起の良い」ものなのだ。


 歴史書にも、「槐の木のように、この街を幸福に導かんとする最初の支配者がその誓いを忘れぬよう一族の名にした」と書かれていて、どうも腑に落ちない。


およそ十分後昼休みは終わり、俺たち三人は教室で授業を受けているのだが、三人ともすっかり疲れ切っていた。庵はそのせいか昼寝しているではないか。


 長時間歴史書を読んでいたというのもむろん一因だろうが、問題はその後だ。


 香花がぁまりにも多く書物をかき集めたため、それを棚に片づけていると時間が無くなって、教室まで猛ダッシュするはめになったのだ。


 香花はまだ息が整っていない。


 結局ほぼ何の収穫もなく、ただ疲れただけの昼休みだった。


 それはそうとして、俺の斜め後ろにいる着物の美少年こと槐 菫は、まだ二日……まあ俺としては三日の付き合いだが、どうやら凄いのは見た目だけではないようだ。


 頭も切れるようで、おおくの教科において教師をあっといわせている。


 まあ今はどうであれ、街を支配できる一族の血を引く家に生まれたのだ。財力もあり、英才教育もすごいのだろう。


 それこそ、先生の代理を出来るといっても過言ではない。


 やがて授業は終わり、同時に今日の授業も終わりを告げた。今日は月に一度の教員会議の日だ。授業は五限で終わり、部活もないのである。


 そういうわけで今日も、俺は香花、庵、菫とともに家路を歩いている。


 時刻は昼の二時半だ。相変わらず、街を吹き抜ける風は冷たい刃と化してはだに突き刺さるが、日差しは十分で久しく暖かさを感じられる。


 しばらく歩いていると、今日も香花が菫に質問を始めた。


 どうやら香花は、街道が終わり急な坂に差しかかるタイミングで菫に質問を開始するようだ。


 確かに菫の身の回りの日常は特異で、それを聞いていると坂を上っているしんどさというものを感じることがない。


 今日の話題は部活だった。


 俺たち幼馴染三人組は全員サッカー部だ。俺と庵は自分でいうのもなんだが、サッカー部のいわゆるエース的な立場にある。香花は選手ではなく、俺たち男子サッカー部のマネージャーだ。


 香花は、菫に俺たちサッカー部について話した後、彼に尋ねた。

 

「菫ちゃんは中学校とか前の高校では、どんな部活してたの?」


「うん? 特に何もしてなかったよ」


「え~そうなんだ。だったら、これからどこかに入部したら」


「そうだな、せっかく故郷に帰ってきたんだから何かすると良いだろう」


 香花と庵が部活を進めると、菫は思わぬ答えを返した。


「そうだね、せっかくだし、みんなと同じサッカー部に入るよ」


「「「え~~っ!?」」」


 俺たちはおどろいて声を上げた。まさかサッカー部に入ろうと言いだすとは。


 いや、俺としては嬉しい話だが、まさかサッカーまでできるとは。まさに文武両道、才色兼備と言うべきだ。


 俺と庵が驚きにとらわれ、口を開けて立ちつくしていると、香花が素朴な疑問を菫に投げかけた。


「菫ちゃんって、サッカーできるんだね! あ、でも、そのとき着物はどうするの? まさか着たまま運動はしないよね?」


 それは俺も気になっていたところだ。昨日も今日も体育がなかったので、菫が体育のときどうするのか不明だった。

 

 菫はすこし考えて笑顔でこたえた。


「う~ん、そうだね。サッカーは家でルールブックを読むとして、着替えは明日の体育の時間を楽しみにしてて」


「また気になる言いかただな。それより、ルールブック読むってどういうことだ?」


 庵の言うとおりだ。ルールブックの話が本当なら、サッカーはしたことがないということだろう。


 菫はしれっと答えた。


「うん、サッカーが蹴鞠けまりのようなものってことは知ってるけど、詳しいルールは知らないから、勉強して明日入部するね。じゃあまたね」


 気がつくと、もう分かれ道まで来ていた。菫は茫然としている俺たちに笑顔で手を振ると、スキップ交じりに帰っていった。


 まるで、自由にそらを掛ける風のようだ……。


 俺たちはしばらくのあいだ目を点にして突っ立っていたが、やがて香花が呟いた。


「ねえ、改めて思うんだけれど、菫ちゃんっていったい何者なんだろうね」


「分からねえなあ。なに? あいつ、蹴鞠知っててサッカー知らないのか」


 俺は思わずそう答えたが、自分でも何を言っているのかよく分からない。


 俺たちは明日に全てを託して、それぞれの家へと帰っていった。

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