第三節~いろいろと俺は納得できない~
本日一月二十一日は、結局集中できない授業と、菫への質問で終わりを告げた。冬の美しい夕日が街を黄金色に染める頃、教室には俺達幼馴染三人組と菫、それと八谷先生を入れた五人が残っている。
「先生、お願いって何ですか?」
庵がふいに口を開いた。俺たち四人は先生に、「後でお願いがあるから残ってくれ」と言われていたのだ。
「ああ、菫君の家は、君たちの住む
なんだそんな事か。俺たち三人は顔を見合わせてうなずいた。そんなもの答えは決まっている。代表して香花が笑顔でうなずいた。
「もちろん、良いに決まってるでしょ! 任せといて」
「そうか、そう言ってもらえると助かるよ。……お前たちは、クラスの中でも信頼に値する三人組だからな! 安心できる」
「先生、どうかしたか」
俺はそう言って思わず先生の顔を見た。香花と庵も同じように先生の顔を見る。二人も俺が感じた違和感を感じたようだ。
先生は俺達の答えに嬉しそうだったが、その中で一瞬どこか寂しいような顔をして声を曇らせた……。ように感じたのだ。先生はそれを隠すように笑った。
「い、いや何でもない。ほら、もうすぐ五時になるぞ、暗くなる前に帰れよ」
「いやでも、先生さっき――」
「良いから、早く帰れ!」
俺たち四人は、半ば追い出されるようにして校門を出た。全く、訳が分からない。クラスメイトが増え、しかもそれが美少年となれば喜ぶべきところだろう。その上、彼がここでの生活に慣れるまで俺たちがサポートすれば、先生も助かるだろうし、俺達にとっても親睦を深める良い機会になるだろう。先生は何故あの場であんな寂しい表情をしたのだろうか。
今の俺達に理解することは出来なかった。
俺たち四人は、校門を出て街道を家へと歩いている。俺は先程の先生の態度が気になって仕方がない。香花と庵の顔をちらっとみると、二人も同じような心境のようだ。しばらく黙って歩いていたが、やがて香花が切り出した。
「ねえ、先生絶対何か隠してるよね!」
俺と庵がぶんぶんと首を上下させる。
「ああ、間違いないぜ」
「全くだ。先生隠し事が下手すぎるよなあ。あんな顔しちゃあ、誰でも何かあるって分かる」
俺が香花の主張に答えると、庵も改めて先生の異変を指摘する。先生の表情の変化は、勘の鋭い庵だけでなく、俺と香花も気づいたほどだ。よほどのことを隠しているのだろう。だが現時点では、それが何なのかは全く見当がつかない。
俺が庵に今の見解を聞いてみるが、彼も答えは出せていないようだ。
「うむ。今のところ全く分からないな。菫君は何か心当たりはあるか?」
「ううん分からない。不思議だよね」
突然庵に聞かれた菫だったが、昼間と同じくのんびり答えた。まあ、知ってるわけないわなあ。
会話は香花主体で進み、話題はころころと変わった。中でも一番盛り上がったのは、街の雰囲気や美しい四季折々の景色についてだ。菫も三歳くらいまではこの町に住んでいたそうで、今もあまり変わらぬ街の景色は共感できるところが多い。
話はますます盛り上がり、気づいた時には坂を上り切って住宅地に着いていた。話し込んでいると時間が経つのはここまで早く、また気付かないものだろうか……。
それに一番驚いた様子の香花は、宵闇の迫る空を見上げ、今度は菫を見て声を上げた。
「もうこんな所だったの!? あっ、そう言えば、菫ちゃんの家ってどこなの?」
いきなりちゃん付けとはさすが香花だなと思い、俺と庵は顔を見合わせて笑った。
だがまあ、菫の家の所在については興味がある。
「この先の山の近くだよ」
菫はそう言って、住宅地の奥へと続く道路を指さした。
この高神住宅地の作りとしては、中心を広い主要道路が貫き、さらにそこから細い道が複雑に伸びていている。そしてその周りに、割と近代的な家々が多数並んでいる感じだ。
主要道路は、奥の方まで進むとやがて農業用の細い路に変わる。周りも広大な田畑が広がり、人家は古風な家がぽつぽつと点在する程度になるのだ。
急に田舎感が出るので、それこそまるで同じ街とは思えないほどの変化が楽しめる。さらに最奥部に行けば人家もなくなり、街を囲む山の一つ、「
俺が昔の記憶を必死に思い出していると、突然庵が顔色を変えて叫んだ。
「何、すると槐山の近くか!? おいちょっと待て! 槐山ってそういう事か」
彼の発言に俺と香花も驚いて思わず顔を見合わせた。
俺たちが驚いた理由は二つある。まずは山の名前だ。今までは由来なんて分からなかったが、その由来は恐らく菫の「槐一族」だろう。彼に会ったのは今朝だとは言え、今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。
そして、俺達がさらに驚いたのは菫の家の位置だ。
俺と香花は庵の驚き様を見て思い出したが、槐山には呪いの噂があった。しかし、それが何なのか、誰も具体的に説明できないのだ。
この街には「太古の時代から呪いがあり、それを制御するために、山頂辺りに誰も知らない神社がある」と言う、都市伝説のようなことが噂されていて、人々は山の近くと言える場所には住んでいない。
それなのに菫は、まるで何も無いかのように「家は山の近く」と言ったのだ。俺が慌てて聞きただすが、菫の答えは変わらない。それどころか、「槐山なら山側の庭に面している」とまで言ったのだ。俺たちは驚きを隠せないと同時に、言い知れぬ恐怖を感じずにはいられなかった。
「それじゃあまた明日、みんな、今日は色々ありがとう」
俺たちが呆然としている間に菫は笑顔で手を振り、鼻歌交じりに主要道路を山の方へ帰っていった。
しばらくして香花が口を開いた。
「ねえ庵、葵。菫君って……ううん、槐一族って何なんだろうね」
そう言った彼女の声は明らかに恐怖を感じていて、香花は遠くに見える槐山を見てぶるっと身を震わせた。
「何だよ、香花びびってんのか」
普段の俺なら、にやにやした顔で香花にそう言い放っただろう。だが今の俺は、彼女を笑えない。俺自身も「先生の意味深な態度」、「菫を取り巻く余りにも謎に満ちた環境」、「槐と言う何か」。それぞれが放つ得体の知れない「モノ」に恐怖を感じていたからだ。
庵も同じようだった。彼の顔からいつもの余裕が消えている。
「分かんねえ、分かんねえよ!」
俺は香花の言葉に対し、自分自身の不安を誤魔化す様に頭を掻きながら答えた。庵は何か考え込んでいるようだが、やがて思い出したかのように顔を上げて口を開いた。
「まったくだ。現時点では謎は深まる一方だな。だが、一つ思い出したことがある」
「何をだ?」
俺が思わず身を乗り出すと、庵は鞄から「興味手帳」なるものを取り出した。これは彼が小学生くらいから大切に持っているノートだ。見聞きして、興味を持ったことを書き留めているらしい。
庵はノートをパラパラとめくり、とあるページで止めると、俺と香花に手招きした。俺達が近寄ると、庵は古いページに書かれた単語を指し示す。それを見た俺達は驚愕した。
「おい庵、こ、これはどういうことだ」
「ああ、お前たちもこの街に呪いがあることは知ってるよな。その呪いの名は『槐の呪い』。誰も知らない謎の呪いだ。だがきっと槐一族と槐山、両方と何らかの繋がりがあるだろう」
そのページには小学生が書いたような平仮名で「えんじゅののろい」と油性ペンで書かれていた。それは更に色鉛筆で何重にもマークされ、今もその存在を激しく主張していた。
「これは多分ばあちゃんに聞いたことだ。これだけ目立たせていると言う事は、当時の俺はよほど興味を持ったんだろうな。でも、分かるのは名前だけ。うわさ通り、何が原因でどういった呪いなのかは分からない」
そう言った庵は、答えを求めるかのように空を見上げた。俺と香花も彼につられるように中天を見あげる。
空は紫の衣をまとい、街は謎を秘めたままその支配権を夜の闇へとゆずった。
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