第二節~それで男は違うだろ!~
今の時間は朝九時三分。一時限目の授業はとっくに始まっている、普段なら。
そう普段なら!
だが今日は違う。教室内の時は止まり、その原因となった謎の転校生が教卓の前できょとんとしていて、誰ひとり言葉を発しない。
「ーーと、ということなんだ」
ようやく先生が口を開き、ことの一切を打ち明けてくれたのは時計の針が九時五分を過ぎてからだった。
謎の転校生、「
およそ千五百年まえ、この地を統一していた、『槐一族』の正統な血を引く家系の生まれらしい。
最近まで東京に住んでいたが、訳あって故郷に帰ってきたという。
そこまでなら普通「おお~っ、すごい!」となるはずだがしかし!
彼が異様すぎる姿であるために、このありさまだ。
「せ、先生、その人ほんとに男の子なの?」
どストレートに核心をつく香花。
さすがと言うべきか、彼女はむかしから、思ったことを素直に聞ける性格である。
「ああそうだ。深い事情のためこんな姿をしているが、紛れもなく男子だぞ」
先生の発した決定打で、ようやく教室は賑やかさを取り戻した。彼への驚きと興味の声が、教室中から湧き上がる。
「ねえ葵、疑ってごめんね」
「うむ、まったくだ。旧知の友でありながらお前を疑ったことを謝る」
そう俺に頭を下げるのは、もちろん香花と庵だ。
ふたりは、完全に疑っていたことが思わぬ形で現実化し、衝撃に打ちひしがれているようす。
疑いが晴れたことは喜ばしいが、正直、今そんなことどうでも良い状況だ。
「改めて、槐 菫です。訳があってこんな格好してますが男です! 好きなものは「美しいもの」と生きる全てのものです。嫌いなものは……特にないかな! それじゃあよろしくお願いしますね!」
彼が自己紹介を終えて軽く頭を下げると、俺たちはまだ心の整理がついていないなか拍手を送った。
そして……。
「慣れるまでは、委員長の傍にいたほうがいいだろう」
という八谷先生の考えで、菫の席はなんと俺の斜め右後ろになった。
真横になった香花は、彼をさっそく質問攻めにしている。
「ねえねえ槐くん、東京ってどんなとこなの?」
「うん、僕が住んでいたところはね……」
「わあ~すご~い」
なぜかすでに馴染んでいるふたり。しかしそこへ……。
「おい香花、授業中だぞ、質問は休み時間にしろ」
と、教卓からふたりのやり取りを発見した八谷先生の声が飛んできた。
一時限目は、担任である八谷先生による現代文なのだ。
「はあ~い」
香花は少し
菫は、最初の浮世離れした登場時には分からなかったが、割と人懐こい性格らしい。
知り合ったばかりの香花とすでに打ち解けて、楽しそうに質問に答えている。
質問の内容は好物や東京での生活、一族の末裔についてなどだった。
しかしいまいちばん面白いことは、二人の会話にこっそり聞き耳を立てているのが、俺たち生徒だけでないということ。
香花に注意しておきながら、先生も必死に耳をそばだてていた。
それから小一時間経って授業は終わったが、今回の授業ほど、教える側も教えられる側も、全く集中できていなかった授業はないと俺は断言する。
休み時間になると、俺たちの席周辺はクラス中の人間が集まってすごいことになっていた。
菫に質問をくり出す者。彼の着物を眺める者。染めているわけではなく、地毛でありながら、絹のような金髪に興味津々な者までさまざま。
数人が菫を質問攻めにし、彼も気前よく答えているが、あまり謎は解けなかった。
着物を着ている理由、髪を伸ばしている理由、この街に帰ってきた理由、家族構成。
そして、ハーフではない完全な日本人であるにも関わらず金髪な理由など、謎の根底とも言える内容に限って彼は、
「それは答えられない」
を連呼し、それらについて明らかになることはなかった。
……それにしても、なぜそこまで綺麗な容姿になったのかが俺には理解できない。
いくら着物姿でサラッサラな髪を伸ばしているといっても、男がこんなに女性みたく、可愛くて美しくなれるものだろうか。
「いや、ぜったいむりだ!」
と俺は心のなかで叫ぶのだった。
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